初夏の北国で見たもの
今年何度目かの札幌。
澄み渡った空のした、澄川の小さな公園を徘徊していたら、まさか雪ではないだろうな。
あたり一面に広がる白い物体。
よく見れば目の前に綿雪のようなものも舞っている。
ベンチで犬のグルーミングをしていた女性に尋ねてみたら、柳の綿毛だという。
はて、公園内には白樺やポプラ、糸杉といった北海道ではおなじみの木々は目についたのだが、柳なんかあったかなー。
東京育ちとしては、柳といえばお堀端や銀座の柳のようなか細いしだれ柳しか「柳」ではないのだが、こちらの柳は大陸的。
天をつく立派な大木なのである。
その大きく広げた枝先を見れば、種子をふくんだ綿毛がいまにも風に乗らんばかり。
それが大地に散りばめられ、白いじゅうたんを敷いてくれたというわけ。
綿毛が舞う。
となれば映画「フェリーニのアマルコルド」を思い出さないわけにはゆくまい。
舞台はヴェネツィアのずっと南、アドリア海に面したリミニという美しい名前をもつ小さな港町。
春から始まって夏、秋、冬、そしてまた春に戻る円環的な時間の流れ。
そこに少年を中心とする登場人物たちの成長、死、結婚など直線的な時間の流れが加わる。
冒頭のシーンはポプラの綿毛が舞う街角。
そしてエンディングもまた小さな町に綿毛が舞っているシーン。
人々の記憶のなかに「綿毛」は、いろいろな思いがつまっているんでしょうね。
日本人の「桜」と似ているような。
時代設定はムッソリーニの時代。
リミニの町の沖合いを大きな客船が通ることになり、それでなくても話題の少ない田舎町はお祭り騒ぎになる。
みんなで海岸に行って、見物しようじゃないか。
フェリーニはこのシーンを客船の絵を象徴的に描いた1枚のホリゾントを前に撮っているのだが、CGがない時代とはいえ、町の人々が興奮して客船を見つめている様子を夢のなかの出来事のように描いていて見事。
登場人物もほとんどが演技経験のない素人をキャスティング。
しかも、顔相、骨格、仕草などにきわめて強い特徴をもった人々であった。
やはりフェリーニはふつーの映画監督ではない。
(ちなみにこの映画がマイベストワンという人は当方の年代には結構多いよーな気がする)
綿毛から話から例によってわき道にそれてしまったが、すでに柳は終盤で、これからはポプラの綿毛が舞いだす、という。
興味のあるかたは7月の天神山緑地へ。
なんていうことのない小さな公園ですが、東京にはない清清しい空気があります。
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