7 04, 2007

初夏の北国で見たもの

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今年何度目かの札幌。
澄み渡った空のした、澄川の小さな公園を徘徊していたら、まさか雪ではないだろうな。
あたり一面に広がる白い物体。
よく見れば目の前に綿雪のようなものも舞っている。
ベンチで犬のグルーミングをしていた女性に尋ねてみたら、柳の綿毛だという。
はて、公園内には白樺やポプラ、糸杉といった北海道ではおなじみの木々は目についたのだが、柳なんかあったかなー。

東京育ちとしては、柳といえばお堀端や銀座の柳のようなか細いしだれ柳しか「柳」ではないのだが、こちらの柳は大陸的。
天をつく立派な大木なのである。
その大きく広げた枝先を見れば、種子をふくんだ綿毛がいまにも風に乗らんばかり。
それが大地に散りばめられ、白いじゅうたんを敷いてくれたというわけ。

綿毛が舞う。
となれば映画「フェリーニのアマルコルド」を思い出さないわけにはゆくまい。
舞台はヴェネツィアのずっと南、アドリア海に面したリミニという美しい名前をもつ小さな港町。
春から始まって夏、秋、冬、そしてまた春に戻る円環的な時間の流れ。
そこに少年を中心とする登場人物たちの成長、死、結婚など直線的な時間の流れが加わる。
冒頭のシーンはポプラの綿毛が舞う街角。
そしてエンディングもまた小さな町に綿毛が舞っているシーン。
人々の記憶のなかに「綿毛」は、いろいろな思いがつまっているんでしょうね。
日本人の「桜」と似ているような。

時代設定はムッソリーニの時代。
リミニの町の沖合いを大きな客船が通ることになり、それでなくても話題の少ない田舎町はお祭り騒ぎになる。
みんなで海岸に行って、見物しようじゃないか。
フェリーニはこのシーンを客船の絵を象徴的に描いた1枚のホリゾントを前に撮っているのだが、CGがない時代とはいえ、町の人々が興奮して客船を見つめている様子を夢のなかの出来事のように描いていて見事。
登場人物もほとんどが演技経験のない素人をキャスティング。
しかも、顔相、骨格、仕草などにきわめて強い特徴をもった人々であった。
やはりフェリーニはふつーの映画監督ではない。
(ちなみにこの映画がマイベストワンという人は当方の年代には結構多いよーな気がする)

綿毛から話から例によってわき道にそれてしまったが、すでに柳は終盤で、これからはポプラの綿毛が舞いだす、という。
興味のあるかたは7月の天神山緑地へ。
なんていうことのない小さな公園ですが、東京にはない清清しい空気があります。

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3 27, 2007

駐車場でみつけた遊びごころ

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広大な駐車場のパーキングスペース。
見渡すと、視界にヘンなクルマが一匹。
買い物に来たお客さんのフツーのクルマの横に居座っているではないか。
地面から伸びた樹の幹がクルマの天井を越えて空に向かっているのもヘン。

ここはJR川崎駅前にできた大型ショッピングモール「ラゾーナ川崎」の駐車場。
ワイヤーフレームで上手にフォルクスワーゲンが再現されていて、シャーシーやエンジンまでもが透視図のように見ることができるようになっているのだが、もちろんれっきとしたツクリモノ。
ここはたしかハコものは得意だがソフト面では見るものがない大手不動産会社の開発だったが、最近はこうした「楽しませる工夫」も少しづつ気にし始めているのだろうか。
駐車場運営の効率論から言えば、「無駄なスペース」。
そこに、こんなヘンなものを置いてしまう「英断」に、時代の流れを感じないわけにはゆかない。

もうひとつ、おやっと思わせたのが、最上階の回廊にある小さなお社(おやしろ)。
おしゃれなレストランやファッションブランドがひしめくなかに、超然たる存在感を発揮していて、なかなか現代的風景であった。
当方の見ている前で、破れジーンズの若者ふたりがなにやらお祈りをして去っていったが、違和感たっぷりのお社もちゃんーと一定の役割を果たしているんですねー。

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2 01, 2007

アフリカ・オセアニア美術館東京出張所

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チョコレートは「金のなる木」なんでしょーね。
次から次へと新しいチョコレート屋が生まれて、
いったいどこのチョコがイチバンおいしいのやら、よーわからん状態になりつつありますなー。
(だれか「チョコレート検定」でも作ってみたら?)

青山通り、国連大学近く。
「ピエール・エルメ」という、これまた最近できた(といってもここ1年くらい?)フランスのチョコレート屋のショーケース。
アフリカンな茶色い顔がこちらを睨んでいる。
プリミティブな力強さ。
が、お値段もおどろくほどチカラ強く、8,400円。
しかしながら、パリにある国立アフリカ・オセアニア美術館所蔵の原始アフリカ美術収集品から型取りして作ったと聞いて、やはりフランス人はヤルわい、という感じがいたしました。
絵ごころ、とか、遊びごころ、とか。
ま、数字では計れない部分が、この人たちのおおいなる強みでして。
(もっとも、このお面のまわりに並んでいる小さな顔のチョコレートは、日本の伝統的な人形焼に似ていなくもなく)

アフリカ・オセアニア美術館は昨年「ケ・ブランリ美術館」として再スタート。
オープン初日の行列をなしている映像をニュース番組で見た記憶があるのですが、このお面を知った以上、オリジナルを見に一度は行ってみなければいけませんな。
パリ西部セーヌ河の中洲、スガン島に建設予定だった安藤忠雄案のピノー美術館は建設中止になってしまったようですが(Google Earthで探してみたら、まだ古い工場のままの姿だったんで、衛星写真の更新が遅れているかな、と思っていたのですが・・・・)、かわりにケ・ブランリという新しい役者が登場してきたわけで。

チョコレートが中年男をパリへ誘う、の一席。

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1 18, 2007

石蔵だってアンチ・エイジング

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1月早々、またまた札幌。
でも、ご覧のとおり市内中心部といえどもほとんど雪が見えない。
いつもだったら、滑りやすくなっている横断歩道などをおそるおそる歩かなくてはいけない時期だというのに。
タクシーの運転手さんも「こんな雪の少ない1月はここ20年、記憶にないなー、なーんか気味わるい」。
まー、オレだってイヤな感じがしないでもなく。
2月初旬から始まる大通り公園の雪祭りだって、こんな調子じゃ雪像だってもたないでしょ。
つい先日も新聞でセントラルパークをTシャツ姿で散歩している人たちの写真を見せられたばかりだし。
やはり、今週末に公開されるアルバート・ゴアの映画「不都合な真実」は面白くなくても見ておかないといけないかなー、という気にさせる異変ぶりであります。
(アル・ゴアは「情報ハイウェイ」だけのひとじゃなかったんですな、失礼しました)

ところで。
写真のお店、よーく見てください。
石の蔵造り。
これが「すすきの」という、東京でいえば新宿みたいな繁華街のど真ん中にちゃーんと原型を保ちつつ残されているのだから、うれしいじゃないですか。
お店の主は、それこそエコロジカル・シンキングな製品づくりで一部に強烈なファンをもつ米国アウトドア用品メーカーPatagonia(パタゴニア)。
(なにを隠そう、私も誕生当初からのひそかなる信奉者でありまして、現在はモンク・バッグというパラシュートクロスを使用した超軽量バッグを毎日愛用。ちなみに「モンク」とはお坊さんのことで、僧侶が肩からたすきがけしている薄い袋からヒントを得たのだとか。パンフには「サイドポケットには数珠なんかも入れられます」とのコピー。泣かせます)
このお店ができたのは3年ほど前らしいが、それ以前から北大近くに山小屋風の木造店舗Patagoniaアウトレットがあって、そちらへは何回かおじゃましたことがあったのですが、こっちは知らなかった。
お店のひとにいただいた資料によると、この石蔵、なんと明治7年(1879年)に銘木店の倉庫として建てられたもの。
まだまだサッポロという町の体をなしていない、開拓前夜ではありませぬか。
壁や床に使われている灰色の石材は札幌市内の南区石山で採れた札幌軟石とか。
きっと手に入れることができる材料は地元のものでしかなかったのでしょうね。

東京にも、港区三田5丁目の古い蔵を改造して超人気の飲み屋にしちゃった凄腕がいるけれど、こんな石蔵を探しだしてきて、イマ風に生き返らせたPatagoniaも相当エラい。
数十年しか使っていない建物を壊して、その跡地に全国どこにでもあるような安普請のビルを量産する。
造っては壊し、造っては壊し。
そんなことを続けていたら、そりゃ地球だって、音をあげるわなー。

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7 24, 2006

雨に歩けば

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大きなガラス窓の外に深い森がある。
その緑の豊かさにつられて入った輸入家具Knoll(ノール)のショールーム。
これがどこか分かります?
都心、南青山6丁目。

じつはショールームのあるこのビルは根津美術館の広い庭園に接して建てられている。
しかも庭園よりすこしだけ高いところ(崖うえ)に位置しているので、1階からも木々の葉の重なりがきれいに眺められる、というわけ。
「借景」にあたるコトバが英語にあるかどうかは知りませんが、日本人はこういうことに関してはすばらしい知恵や感性を持っているんですね。

ここにはエーロ・サーリネンの「チューリップ・チェア」(ただのグラスファイバー製なのに座り心地は官能的)や、ミース・ファン・デル・ローエの「バルセロナ・チェア」(以前勤めていた会社のロビーにあったヤツだ)などの名作がずらり展示されているんですが、いかんせんロケーションのよさに気をとられて、家具への関心は二の次になってしまうのがタマにキズ。
家具のショールームもいいけれど、レストランなんかもいいよね、とか、庭園でホタル狩りでもやってくれればここからの眺めは特等席だろーなー、とか。
あれやこれや、かってな想像、ふくらみます。

この分だと梅雨明けは8月にもつれこみそーですが、どちらさまもお体には気をつけて。

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1 16, 2006

聖路加病院に仏手?

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築地の聖路加国際病院。
聖ルカ(St.Lukes)という名前からしてキリスト教系病院なのだが、その玄関に一見仏手(ぶっしゅ)と見間違えてしまいそうな大きな彫刻作品が設置されている。

伝統的な木彫。
のみで地道に削った痕跡がのこされている大作。
おそらくは屋外常設展示ということで、雨による腐食を防ぐために黄土色にペイントされているのが惜しまれるところだが、故障をかかえようやくたどり着いた病院で、このようなものに迎えられるとすれば、すこしは気分が晴れようというものではないか。
お題は「永遠 天空に語らう」(多摩美術大学 竹田光幸)とあった。

日野原重明さんが病院長を務められるこの病院は難しい病気も治してくれそうなレベルの高い雰囲気があるところだが、一方で以前から敷地内や建物内部に絵や彫刻を置くことに熱心で、「病院くささ」を感じさせない配慮を忘れないところでもあった。
玄関の「永遠」はその縁で設置されたと思われるが、この日も館内ロビーではダウン症など知的ハンディキャップをもった人たちを支援する「アトリエ・エレマン・プレザン」という組織の作品展と紹介が行われていて、この病院の文化的成熟度を再度確認させてもらった次第。
えらい!

病院内のあちこちにはラズベリー色のエプロンをかけて不慣れな患者を案内するボランティアが目につく。
1階には「ボランティアギフトショップ」なるものが設けられ、病院長の著作物や手作りジャムなんかも売っている。
こんなところにも病院文化の先進性が感じられるではないか。
人のうわさでは「入院費もレベルが高い」そうだが、こういう病院が一つあるのと、一つもないのとでは、社会の厚みが違ってくる。

森田誠吾が「魚河岸ものがたり」のなかで泣かせる舞台装置として登場させた聖路加病院(本では聖光病院)の十字架は、まだまだ輝きを失ってはいない。


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12 31, 2005

今年一年、ありがとうございました

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何もしなかったのに、なんだかアッという間に過ぎた1年。
来年が戌年なのに、振り返ればひと足早い「ドッグイヤー」でした。

おかげさまで、アクセスカウンターは昨年春からの累計で、23,000。
平均1日37アクセス。
スポーツや物欲系のサイトに比べれば雀の涙だけれど、「吾唯足るを知る」。
今年一年、わざわざ寄り道、ありがとうございました。

本日は大晦日とあって、ここはやはり年越そばで締めくくらなくてはいけません。
我が家はここ十数年、この日の夜は麻布十番の更科堀井へ。
舗道に長くできた行列に並んで、カラダの芯が冷えかけた頃に座敷にあがる。
女将の舞台監督のようなテキパキした采配ぶりを片目におさめつつ、お燗とおそば。
これですよ。

麻布十番には三軒ばかり、更科そばのお店があるんですが、なぜかいつもここになってしまう。
「そば」の話になると、「やはり神田のやぶ」とか「まつやがイチバン」とか、やたらうるさい人がいるんですが、どうなんでしょ。
行きつけのお店がなんといっても、イチバンじゃない?

ということで、来る年も皆さまにとって、いい年でありますように。

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12 16, 2005

日赤医療センターの赤レンガ塀が消える

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いままで慣れ親しんでいた建物や風景が、経済効率の名のもとにあっさりとリセットされてしまう。
まるでその環境を愛した人たちが存在することさえ目に入らなかったかのように。
東京駅駅前の日本工業倶楽部ビル、銀座の交詢社ビル、鳥居坂の国際文化会館、慶応大学構内の萬来舎など、平成に入ってからというもの、どこかにロードマップでもあるかのように次から次へとスクラップ&ビルドが進行していて、とどまる気配すらない。

渋谷区のはずれにある日赤医療センターもしかり。
医療機関の赤字を理由に敷地の半分をマンション業者へ貸しだし、そのお金で来年から新しい病院を作る、というのがその名目。
いまの病院は1975年9月竣工だから、新品だった病院がわずか30年で大量のコンクリートの廃棄物に変わるという計算になる。
そして日赤が貸し出す約9,000坪の敷地には中低層8棟約700戸のマンションが建設される計画となっているが、この土地は50年間の定期借地権となっているために、契約期間が終了したら建物を潰して更地返却することになっている。
つまり、産廃物大量生産の連鎖である。

これって、「シジフォスの神話」でんな。
神々がシジフォスに罰として与えた労働は重い岩を山頂まで運びあげろというもの。
せっかく山頂まで運びあげても、石はもう一歩のところで坂道を転げ落ちてまた元の場所へ戻ってしまう。
またイチからやり直し。
これを永遠に繰り返さなければならない。
徒労感、無力感に襲われるのは私だけではないはず。

表題の赤レンガ塀は、明治か大正か生まれた時代は分からないが、レンガを手で一個一個積み重ねたあとが見える風格のあるもので、この土地に、この通りに、味のある独特の表情を与えていたのだが、これも年内に取り壊す予定だという。
病院が赤字じゃしょーがないけど、せめて塀くらい残してほしい、と願う近隣住民の声も、元役人がハバをきかせる日本赤十字社へは届かないらしい(近衛さん、ご存知ですか)。
東京駅だって、あの赤レンガを残したおかげで、再評価されるようになったのに。

人間だって同じように、ソロバン勘定ばかりじゃ、嫌われますよ。

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12 15, 2005

鳥の目になって銀ブラする

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京橋3丁目にあるビルの9階、INAXギャラリー。
小さなスペースながら、ふたつの企画展をやっていたが、もうひとつのお目当ては「空からの銀ブラ」。
南に向いたいくつかの窓からは日本一地価の高い銀座中央通りを端のはしまで眺めることができる。
冬の日の午後のなんだかウトウトしそうな、平和な風景。

このビルの1階にはINAXショールームがあるのだが、その横にやはりINAXが経営する20坪程度の小さな本屋がある。
建築、インテリア、美術、デザイン、環境など、品揃えに個性があって、つい長居をしちゃうんだなー、これが。
ここのベストセラーは「北海道主要樹木図譜」という大正時代のボタニカル・アートをポストカードにしたもの、とか。
一組¥350。
ハルニレ(語感が美しい)、イチイ(当地ではオンコと呼ぶ)、カツラ(この葉のカタチ、好きだなー)、エゾマツ・・・・。
少なからず北海道には縁のある私としても、ここは2セット、お買い上げでした。

この本屋を起点に銀ブラをスタート。
高速の高架下を渡れば、銀座1丁目。
つばめグリル、伊東屋、松屋、三越・・・・。
高層化計画が議論になっている松坂屋を過ぎれば、7丁目のライオン・ビアホール、レコードのヤマハ、そして銀座8丁目にある日本最古?のコーヒー専門店カフェーパウリスタにたどりつく。

なんでも「銀ブラ」の語源は、「銀座をブラブラすること」ではなく、「銀座でカフェーパウリスタのブラジル・コーヒーを飲むこと」なんである、という異説がある。
久保田万太郎の書物にそう書いてあるらしい。
真偽のほどはともかく、モカを一杯注文。
「おかげさまでもうすぐ100周年」というチラシには「青いブルーのストッキングを履いている女性は店長にお申し出ください。コーヒー1杯を無料にさせていただきます」とある。
明治後期、平塚雷鳥らの女性解放運動家がここに集まり、機関誌「青鞜(せいとう)」を刊行した歴史があることから、こうしたイキなはからいを企画したのだろうが、それにしても「青いストッキング」ですか。
わざわざ店長に申し出なくとも、一目瞭然、そーとー目立つんじゃなかろーか、なーんてコーヒーを飲みながら想像してしまいました。

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12 09, 2005

このコピーには負けたなー

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どこかで見かけたことがあるでしょ?
といっても、このポスターのことで、みょうに生々しいカラー写真の人物のことではないんですが。
まだ時々交番脇の掲示板なんかに貼ってあるってことは、コヤツ、まだ捕まってないんですね。

指名手配のオトコの顔の横に赤文字で、「おい、小池!」。
呼び捨て。
しかも「おい」かよ。
めったに指名手配のポスターなんか見ることがないのに、これだけは向こうから目に飛び込んでくる。
一発で覚えてしまう。
これって、コトバのなせるチカラワザだなー。

私に指名手配コピーの依頼が来たら、とりあえずこんな風に。
「この顔にピンときたら」。
「あなたの隣人かも知れない」。
「いませんか、こんなひと」。
だが、これでは無難すぎてインパクトはないし、誰も覚えてくれやしない。

ま、ボツを覚悟でがんばると、こんな風になるやも。
「小池って、濃い系?」。
「警察へは、こーいけ!」
なんだか朝日の週刊誌「アエラ」の週代わりキャッチフレーズみたいになっちゃったみたいで。
(「アエラ」のキャッチ、ダジャレ多用とはいえあのレベルを毎週キープするのは並大抵ではございません)

とにかく、数ある案のなかからこのコピーを選びぬいた刑事たちの選択眼はスルドい。
以前、彼らの苦闘ぶりを紹介したテレビ番組をみたことがあったが、この捜査チームの執念みたいなものが、このコピーに見事にたち現れているではないか。
少ない人員と予算、限られた時間。
さまざまな思いが渦巻く世界から抽出された、4文字の重さ。
脱帽です。

今回はアートの話ではありませんが、コピーだって時にはアートする、というお話でした。

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7 19, 2005

夏の夜を楽しむ二人

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地球温暖化が加速してるんでしょうか。
梅雨が空けたはいいが、この暑さ。
この際、日本もスペインみたいに「シェスタ」を採用して、午後2時から午後5時まで全国的にお休み!にしちゃったらどうなんでしょうね。

アスファルトの熱もだいぶおさまった深夜、わが愛犬と六本木ヒルズあたりを徘徊していたら、おもしろい人形、というか、オブジェを見つけました。
「Y's」というアパレルショップがあるんですが、その横手のショーウィンドーのなか。
大きさは人間の背丈くらいあるのですが、場所がちょっと目立たないところなので、いままで気がつかなかったのかも。

遠くから見ると、お寺の入口に立っている仁王のような感じがしたのですが、近寄ってみればのって歌っているようなオヤジ二人。
ガラス越しによく見ると、人形は細かな金属メッシュをきれいに折り曲げて作られている。
だから、なんだか涼しそうなな感じがしたわけだ。
ウィンドーには説明文がどこにもなかったので、あとで調べてみたら、作者は菱山裕子というかた。
メッシュを切ったり曲げたりして、人間とか動物とかいろんなものを作っている。
こちらの男性像2体は、ちゃーんと「ヨウジ・ヤマモト・オム」の服を着ているらしく。
夏の夜を楽しんでいるようでもありました。

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6 20, 2005

それでもニューヨークは走りつづける

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「都会っぷり」を競えば、やはりトーキョーは一歩下がらざるを得ないか。
ニューヨーク、ブロードウェイ。
夜11時にして、この人ごみ。
そのほとんどが各国からやってきた観光客ではないだろうか、交差点をはさんで記念写真のフラッシュがあちこちでたかれている。
タクシーのクラクション、パトカーや救急車のサイレンなどの喧噪も相変わらず。

ライ・クーダーがプロデュース、ヴィム・ベンダースが監督をした映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に忘れられないシーンがある。
カーネギーホールに出演するために、はじめてアメリカを訪れたキューバの老ボーカリスト、イブライム・フェレールがネオンが点滅する夜のブロードウェイを散歩する。
ベンダースはいつものように手持ちカメラで彼を追う。
フェレールはつぶやく。
「NYは初めてなんだ。昔からこの街に憧れていた。妻も子供たちも連れてきたかった。なんてすてきな街なんだ」。
こんな、なんでもないようなセリフで泣かせるなんて。

撮影されたのが、1998年。
それから少しばかり時間は経過して、大きな事件にも遭遇したが、その輝きは衰えるどころか加速しているようにも見える。
政治的には「米国の暴走」が伝えられ、いままで親近感をいだいていた人の間にも距離を置こうという動きがあるなかで、それを上回る文化的なパワーが多くの国を、多くの人を引きつけているのではないだろうか。
ギャラリー、美術館、レストラン、ステージ、スポーツ・・・・。

待っててください、トーキョーだってそのうち、追いついてみせますから。

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6 12, 2005

面白いでしょとイサム・ノグチが言っている

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ワールドトレードセンター跡地は何もまだ作られていないのに、観光客が次から次へ。
もちろん、私もその一人だったのですが。
「見るもの」がないのに、行ってみる。
「ああ、ココなんだなぁ」という確認のためだけ。
ヘンといやーヘンですが。

そのワールドトレードセンターからワンブロックのところ、高層ビルの足元に大きく開けられたスペース。
そこにイサム・ノグチのRed Cube が鎮座している。
サイコロを投げた瞬間、角から落ちて、そのまま凍りついたような、不安定さ。
しかも、2~3階建て分くらいはありそうなデカさ。
真ん中には大きく開けられた穴がひとつ。
そこから天空が覗いてみえる。
(写真の左空間はもともとワールドトレードセンターがあったところ)

NYには少し離れたところに、ちゃんとイサム・ノグチ・ミュージアムが作られているのですが、川向こうという場所柄もあり、訪れる人はあまり多くない。
その点、こちらの作品はこうして各国の旅行客の目にとまり、写真に収められてゆく。
カメラを向けられた人たちは例外なく、キューブが傾かないように必死になって押し戻したりするポーズでパチリ、という具合。
つまり、楽しませてくれているんですね、こちらの作品は。
それに鮮やかな赤でまとめたりしているところを見ると、作家は一連の遊具の延長として作ったんでしょうね。
「どう、楽しいでしょ?」
どこにもイサム・ノグチと紹介された説明文がなかったのが残念だけれど、こうやって愛されているのはうれしいですね。

そういえば、無くなっちゃったワールドトレードセンタービルも日系3世のミノル・ヤマサキが率いるヤマサキ&アソシエイツが手がけたもの。
こうやってこちらを徘徊していると、アメリカと日本との結びつきは他のアジアやラテンアメリカ以上に深いような気がしてならない。
なんだか、ちょっと考えさせられました。


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5 26, 2005

散歩するにはもってこいの日

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久しぶりに丸の内を走ってみたら、ムムム、丸ビルの隣にあった灰色8階建ての新丸ビルがすっかり消滅しているではないか。
ここに、これから38階建てのビルを建てるのだという。
丸ビル、新丸ビル、日本工業倶楽部のあった三菱信託ビルと、東京駅皇居側に出現する新ビル群はだいたい38階くらいに高さを揃えているようで、都市景観を考慮に入れた計画であることが分かる。
が、変化(作ったり、壊したり)のスピード、早くない ?
早すぎる。
「文化は暴走する」と誰かが言っていたが、この50年を振り返っても、その加速感はとっくに制限速度を超えているような。

・・・・なんてことを考えながら歩いていたら、仲通りの舗道にトロイの木馬を連想させる、いかつい彫像。
なんだか、雨降る山道で、人に出会ったような感覚。
エバーハルト・リンケ(ドイツ)作、「古代ローマの戦士」とある。
荒々しいテクスチャーも、素焼きのレンガのような赤い色も、内包する強いエネルギーを感じさせてくれる。

自動車より歩行者を優先させた商店街としては横浜元町という大先輩がいるが、この丸の内仲通りも成功している。
歩道が広いので、「ミレナリオ」なんて企画もできる。
大きな彫刻だって、歩行者のジャマをしない。
箱根にある彫刻の森美術館などから借りてきたオブジェなどを展示して、今回が33回目。
全部で10体ほどのさまざまな彫刻が思い出したようには現れて、ほかの町にはない空気をつくっている。

楽しい町をこれからも、三菱地所さん。

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4 06, 2005

クマだって黙っちゃいない

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あの手この手で集客戦略を展開している六本木ヒルズだが、今回の出しものは「クマ」127体。
といっても、「日本におけるドイツ展2005/2006」の一環で、世界各地を同じ企画で巡業してきた「クマ」たちがここに展示されることになった、というわけ。
場所は、あの黒い蜘蛛が脚をひろげている広場。

グラスファイバーで成型された人間と同じくらいの大きさの「クマ」が各国代表のアーティストによってペイントされ、並べられるているのだが、その発想は「牛」のカラダをキャンバスにみたてた「カウ・パレード」と同じ。
はじめて「カウ・パレード」を海外で見たときは、大きな交差点の角でじっとしていたり、ビルの屋上にひそんでいたりと、街中のいたるところに牛がいて、一体ナ、ナ、ナンナンだ、とビックリさせられたが、狭い東京ではそうもいかなかったのだろう。
一箇所の集められて、「クマたちの国連総会」という様相。

そのなかで、気になったクマが一頭。
ほとんど何のペイントも施されていない代わりに、小口径の銃弾を撃ち込んだのではないかと思われる無数の穴がカラダにあいている。
蜂の巣。
手も上げているのに。
提供国はセルビア・モンテネグロ(旧ユーゴ)。
難民や民族浄化などの問題をいまも引きずっている国である。
アーティストはMirko Ognjanovic とあった。
(関係ないが、K-1のミルコはクロアチア出身)

それに比べれば、クマが自由の女神に扮してスマイルしている(VISAカードのCMみたいだ)アメリカや諸外国は一様にお気楽な感じ。
もちろん、いくら平和ボケと罵倒されようが平和なほうがいいに決まっているが、メッセージ性をもったメディアとして見た場合、セルビア・モンテネグロの「クマ」はちゃーんと世界へ向けて発言しているように思えた、のでした。

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2 15, 2005

願わくば一時の夢であらんことを

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銀座の変わりかたが激しい。
整形手術というより、遺伝子組み換えか。
密かなる楽しみだった近藤書店はクリスチャン・ディオールのビルに変わってしまった。
この土地ならではの威厳を与えていた交詢社ビルは、取り壊されて、ただいまバーニーズNYが営業中。
アメリカン・ファーマシーが1階に入っていた日比谷パークサイドビルは、クレーンがうなりをあげている。
お堀に沿ってきれいなスカイラインを形成していた丸の内のビル群も、容積率緩和のおいしいハナシに、各ビルがばらばらの高さの高層建築を競う始末。

さて、こちらは松屋の斜め前に位置するシャネル銀座。
たしか以前はワーナーかディズニーのキャラクターショップ、その前はたしかカネボウだったか。
そして、気がつけば、昨年12月にシャネルに変わっていた、というわけ。
「10年ひと昔」なんて言っていられない。
「3年ひと昔」、ドッグイヤーというわけですね。
このシャネル・ビルの4階は西銀座のエルメス同様、ギャラリーとしてそのスペースをさいている。

催事は「パリ万博とその世紀 ~19世紀~ フランス国立図書館写真展」。
1867、1878、1889、1900年と11年ごとに開催されたパリ万博の様子が発明されたばかりのカメラによって記録されていて、万博が工業化時代を迎えようとしていた社会のエンジンになっていたことが映像から伝わってくる。
1900年前後は、ベル・エポック、アール・ヌーボー、アール・デコなど、さまざまな美意識が一気に開放されて花を咲かせた時代。
きっと、わくわくするような毎日だったのではないだろうか。
(できるなら、この時代に生きてみたかったような気もする)

パリ万博では当時最先端をゆく建造物が会場内に建てられ、いまだにその多くが観光名所になっていたり、活用されている。
エッフェル塔も1889年のパリ万博時に建設され、すでに100年以上。
ひるがえって、東京に100年の歴史をもつ建築物、建造物がどれくらい残っているだろうか。
建替え、建替え、の掛け声ばかりで、後世に残そうとする気合いを見かけられないのはいかにも残念。
このシャネル・ビルもピーター・マリノという世界的にも高名な建築家が設計したものだとか。
ならば、10年後、気が変わちゃって、やはりもっと新しいヤツを・・・みたいなことはなしにしてネ。
(ビル壁面にはLEDで映像が現れる仕掛けになっていて、エッフェル塔がいま写っているところ)


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2 02, 2005

歩いていなければ見えないものもある

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以前からぜひ紹介したいなー、と思っていたモノ。
個人的にはかなり気に入っております。
場所はJR札幌駅東コンコース。
浅見和司作、Legs 「旅人の残像」。

どこか、アニメ風でしょ。
ていうか、小学生が教科書の隅っこにイタヅラ書きするパラパラ漫画の足のような。
キース・へリングを連想する人もいるかも知れない。
色づかいも、ポップ。
それに、分かりやすい。
いかにも駅という場にふさわしい感じがある。
よく新しいビルの入口にグニャっと曲げられたスチールパイプが気取って動いていたりするのを見かけますが、なんだか人の気配が感じられないし、意味も不明。
それに比べれば、この赤いアッシーくん、健闘している。
この足がなければ、この空間もただの商業施設でしかなく。
たまに疲れたオバサンなんかが足の甲のあたりに荷物をおいてひと休みしているが、それはそれでいいんですね。

なくても済むかも知れないが、あったほうが楽しい。
一見無駄にしか見えないもののなかに、人の気持ちをなごませたり、落ち着かせるものがたくさん潜んでいるんですよね。

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2 01, 2005

マチの中心に大きな公園があること

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2月7日から始まる札幌雪まつり。
例年この時期は飛行機もホテルも自由がきかなくなる。
というわけで、すこし早めに行って仕事をしてきたわけですが、ちょうど大通り公園のところを走っていたら、その一角で巨大な雪像づくりをしているところに出くわしたので、すかさずパチリ。

写真は「よみうり」製作の大雪像で、ミッキーマウスの立体像が中心となることから、ウォルト・ディズニー・ジャパンの関係者もチェックしにきたとか。
小さく黒い点のように見えるのは、陸上自衛隊第十一特科連隊の若者たち。
よく見れば、すごい人数を投入している。

この雪まつりのすばらしいところは、こうしたスポンサーのついた大きな舞台のほかに、個人やグループも雪像を作って発表できるシステムになっていること。
といっても、前もって申し込み、抽選をへて、はじめて3メートル四方程度の雪のカタマリに挑戦できる仕組み。
その数、146像。
日中でもマイナス3度という気温のなか、すでにあちこちで取り組んでいる集団や夫婦?などが目につく。
おそらくは1日で出来上がるわけでもなく、平日を何日か消化しなければおぼつかないだろうが、作っているときも、完成したときも、楽しいだろーなー。
きっと子供のような目になっているに違いないのダ。

マチの中心。
誰もが一番アクセスしやすい場所に大きな公園、自由に活用できる広い空間がある。
冬は雪まつり。
夏はとうもろこしや生ビールを売る店、そして多くの彫刻。
札幌大通り公園は都市計画をした当初の予想を超えて、目に見えぬ求心力を発揮しているのではないだろうか。
都市の魅力は箱モノだけでは生まれない。

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1 10, 2005

イタリアはサッカーの本場だもの

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山手線新橋駅近くの再開発地域に、すこしずつではあるがその姿を現しつつある「イタリア街」。
でも、まだその地域の半分近くは古い倉庫を取り壊したばかりだったり、更地のまま。
それじゃ、あまりにも色気がない、と誰かが考えたのか。
昨年末から、期間限定のフットサル場がビル建設予定地に出現。
これなら撤去するのも簡単だし、金網やブリキの板で囲われた空き地より、よっぽど気が利いている。

3連休、しかも風のないおだやかな天気とあって、近隣の若者チームが大挙エントリー。
順番待ちの間にもパスの練習をしたり、自分のチームに女の子たちが声援を送ったり。
こんな風景を見ていると、この「イタリア街」にも恒久的なフットサル場があってもいいのでは、と思えてくる。
たいていの街づくりはハード先行になりがちだけれど、人を集める、人を楽しませるというソフト面もよろしくお願いしますヨ。
(このフットサル場を利用できるのは今月中旬まで)

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1 05, 2005

正月の空は色が違う

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新年おめでとうございます。

いきなり夕景ですが、少しばかり陽が伸びた午後5時すぎ。
東京タワーの左側の山並みに富士山が小さく見えるでしょ。
年末、三が日とお休みだったことが利いているんですね、空の青さがぜんぜん違う。
50年前は毎日こんな空だったんだろうなー、と思うと、むかしの人がうらやましくもあり。
そういえば、正月休みの夜空にはずいぶん沢山の星も見えていました。
これだって、あと数日のイノチ。
花の命は短かくて、ですね。

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12 31, 2004

冬はこうでなくちゃ

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大晦日は荒天という予報通り、都心でも朝から雪が舞う展開。
午後2時の銀座4丁目も、ご覧の通り。
さすがに営業しているお店を覗いても人影はほとんど見えず。
「早く帰ろーッと」とばかり、用事もそこそこに家路についた買物客も多かったのでは。

でも、こうして冬らしい冬を見ることが出来るのは、シアワセ。
歯車が狂ってしまったような異常気象のニュースばかり聞かされていた身としては、「正常」に戻った気候になんだかホッとしたりして。

毎年大晦日の夜は、麻布十番「更科堀井」の年越しそばをいただかなければ、新しい年が迎えられない。
しかし。
前言をひるがえすようで申し訳ありませぬが、今夜は外で待つのが寒そうだなー、と雪国のような空を見上げて、すこしばかり逡巡しております。

P.S. ことし1年、ご精読ありがとうございました。
   また、いろいろなメールをいただき、励まされもしました。
   来年もごひいきに。
   
   

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12 05, 2004

人とケムリは高いところへ上がりたがる

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それにしても、Tシャツ1枚ですごせるほど暖かかった日曜日。

前夜は12月らしからぬ嵐。
大気中の浮遊粒子も吹きとばされて、さぞかし眺めもいいに違いないと、新宿の東京都庁45階展望室へ。
しかし丹沢山塊のむこうには富士山の稜線が認められるものの、気温25度という暖かさでは白く淡くかすむばかり。
ただ、山すそまで敷きつめられた住宅のひろがりは、誰の目にもはっきりと確認できる。

ピート・ハミルの短編集「ニューヨーク・スケッチブック」の巻頭には、F.スコット・フィッツジェラルド「失われたわが街」からの短い引用がタイトルバックのように使われている。

・・・・・うぬぼれに近い誇りを胸に(エンパイア・ステート・ビルの)頂上までのぼった私というニューヨーカーは、思いもかけない光景を見て呆然とした。この街は、私が思っていたような、果てしなくつづくビルの渓谷ではなかった。そこには限りがあったのだ。・・・・・果てしなく広がっているのはこの街ではなく、それを呑みこんでいる緑や青の広漠たる大地のほうだった・・・・・

こんな小さな世界に自分は生きていたのだ、とフィッツジェラルドはたじろいだ。
さて、東京人はどうだろう。
答えは、写真のとおり。
(すこしばかり適正規模を超えてはいないだろうか)

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11 17, 2004

京都が美術都市なら札幌は彫刻都市

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札幌郊外のクラーク博士の彫像は全国区的に有名だけれど、じつは札幌はいたるところで彫刻を目にする街。
以前、大通り公園のイサム・ノグチ作「ブラック・スライド・マントラ」をご紹介しましたが、今回は札幌市街の南に位置する中島公園内に置かれている「相響(The Echoes)」と名づけられた白大理石の作品。
池の脇の土手に設置されているせいか、巨大な水鳥のタマゴに見えなくもない。
近くに行って表面をなでてみたら、吸いこまれそうに滑らかな触感。
気温6度という冷ややかな空気のなかでも、石の温かみが伝わってくる。

作者は地元北海道生まれ、イタリアで活躍する安田侃。
新しくなったJR札幌駅の入口にもやはり白大理石の大きな作品。
そういえば、東京都庭園美術館のアプローチにも大理石の石柱に球体がはさまっている彫刻がしばらく展示されていたこともあり。

内地よりも広い空間の感覚。
工場群の少なさがもたらす空気の清浄感。
身体をキュッと締付ける冷たい風。
どれも野外彫刻にこそふさわしい条件。


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11 13, 2004

南青山ではお地蔵さまもファッションする

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表参道から根津美術館へぬける南青山周辺には裏通りにもファッション系、インテリア系、そして食事のお店が次々と誕生していて、閑散とした住宅街の記憶しか持ちあわせていない人間はおおいに戸惑うことになる。

この裏通りを徘徊していたら、新しいお店が並ぶ道路の脇に、モダンなお地蔵さまを発見。
場所はガラスブロックのビルを建てたPRADAの裏あたり。
さすが、というか、やはり、というか、ここではお地蔵さまだって負けじとオシャレしているのである。
身につけているのは定番の赤い前掛けではなく、ピンクのニット・キャップ & 袖口のブルーがきいている白のガウンだぞ。

5体の仏の姿が浮かんでいるいる光輪?にしたって、なんだか現代アート風でもあり。
ファッションのお店の前にあっても、まったく違和感を感じさせないところがポイント。
伝統や慣習がその時代、その時代のスタイルに合わせて引き継がれてゆくのは、こころ強いかぎり。

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11 02, 2004

なんだかとっても楽しそうだけど

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地下鉄六本木駅で見かけたボルボのポスター。
愛娘を抱えた女性がボンネットに腰掛けて、スマイル。
小さく添えられたコピーは、「この子たちと車だけは手放さなかったわ」。
そして、その写真の右には「 Don't look back.」の一行。

前向きで、明るくて、上手い。

10年くらい前にも、この手のすばらしいポスターがありました。
米国フォルクスワーゲン・ゴルフの広告。
ポスターには上から順に2ドア、4ドア、そしてカブリオと名づけられたオープンカーの3台が白地に品よくレイアウトされている。
ここまではよくある車種ラインナップ広告の範疇だが、それぞれのクルマの下に置かれたキャプションに仕掛けがあった。
2ドアにはSINGLE(独身)、4ドアにはMARRIAGE(結婚)、そして一番下のオープンカーにはDIVORCE(離婚)の文字。

バツイチが悪い選択肢ではなくなってきた今の時代を見通していたかのような傑作だったが、2004年のボルボは女性に主導権を与えているところが、ゴルフよりもさらにススンでいると見るべきか。

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10 22, 2004

トーキョーをおもしろくしているのは誰

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ちょっと驚かせてくれるじゃない。
南青山の閑静な一角を歩いていたら、道端に、といってもコンクリート打ちっぱなし住宅の入口脇に、大きな口を開けて絶叫している男の頭部が、ゴローリ。

どこかで見たことがあるような・・・・、と最近とみに薄れがちな記憶回路をたどったら。
そう、キング・クリムゾンのLPだ。
あの「クリムゾン・キングの宮殿」で使われているイラストは、この彫刻同様に口を大きく開けているが、さらに目の玉も、鼻の穴も全開で、恐怖に支配されているかのようでもあったが、こちらは腹をえぐられるような苦痛か、さもなくば大声を発しても誰にも届かぬ悲しい想いなのか。

それにしても。
自分の家の玄関先に叫びをあげている人間のアタマを置くなんて、文化が未成熟であればできない相談。
東京にもいよいよアール・ヌーボー期のパリに負けない時代がやってきそうな・・・・・。

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10 17, 2004

遠い日に一瞬帰る

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青山骨董通りを歩いていたら、ポール・スミスの店頭に、乾草のオブジェ。
よく見れば、もとはコルビジェの椅子LC2と思われるパイプフレームに、干し草がぎっしり。

そういえば。
草っぱらでバッタを追いかけていた時代が遠いむかし自分にもあったような。

そういえば。
映画「グラディエーター」の冒頭、ラッセル・クロウが故郷に帰ってゆくシーン。
麦畑のなかをアエリウス・マキシマスが麦の穂先を手のひらに感じながら歩いている。
リドリー・スコットならではの、完成度の高い映像がアタマのなかを走りぬける。

人工的なものばかりに囲まれて生活していると、「干し草」なんてコトバさえ絶滅させてしまいかねない。
だから、久しぶりに目にする乾いた草の塊りが、妙に美しく有難く見えたのかも知れない。

夏の終わり、虫たちの羽音、田園風景、ゆっくりとした時の流れ。
座らなくても、置かれているだけで、十分にそのメッセージが伝わってくる椅子。


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10 07, 2004

イサム・ノグチは透明な足跡を残す

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銀座メゾン・エルメスにて開催されている「イサム・ノグチ、ランドスケープへの道」。
そのギャラリー・トーク(10月3日)で、面白い話を聞いた。

イサム・ノグチ庭園美術館学芸顧問で武蔵野美術大学教授でもある新見隆氏は「本は4つの種類に分けられる、という話がある」と。
1、分かるし面白くもある。
2、分かるが面白くない。
3、分からないが面白い。
4、分からないし面白くもない。
このうち、イサム・ノグチの彫刻は「分からないが面白い」のジャンルに入るのではないか、と。
思わず膝を打つ、とはこのこと。
採石場から持ってきたままのような、ほとんど手を加えていないように見える石でさえ、まったく手を加えていない石と比べれば、明らかに面白さが違う、という。
うーん、分かるような気がする。

この展覧会、ほとんど彼が撮影したユーラシア遺跡の写真のみで構成されているのだが、イサム・ノグチの思いがどこから生まれてきたかを推察できる、いい機会となっている。
近代的、制度的なものが嫌いだった、というのも、共感できる。

写真は、いま活躍中のアーティスト、吉岡徳仁の「雨に消える椅子」(六本木ヒルズ内舗道)。
イサム・ノグチに捧げられている、との説明であった。

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9 12, 2004

90年前は赤土むきだしの坂だった

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「切通しの坂」って書かれた角柱が見えるでしょ。
ここは90年前の11月、ある晴れた日に、画家がイーゼルを立てて描き始めた場所、代々木。
(ずーっと、夏の風景と思っていたのですが、どうやら11月らしく)

岸田劉生の「道路と土手と塀」、通称「切通之写生」。

「麗子像」ほどではないにしても、結構有名な作品なのでご存知のかたも多いのでは。
その画は、大正初期の造成地を描いただけの何の変哲もない風景画なのですが、舗装されていない赤土の道の端に、豪雨の痕跡なのか行き場を失った水が坂に沿って掘ったと思われる幾筋かの小さな溝。
そして坂道に沿って建てられた無機的な石積みとコンクリートの白い塀。
切り開かれたばかりといった感じの人気のない道には強い西陽で作られた電柱の黒い影が落ちている。
生命の息づかいが聞こえてくるようなものはどこにもなく、ただ空の濃い青さが広がるのみ。

道の隅っこには干からびたとかげの死骸が転がっていてもおかしくない、乾いた風景。
どこか、藤原新也の原色の写真にも通ずる、カラッポな感じ。
気になるんですね、これが。

もし本物を確かめたかったら、竹橋の国立近代美術館(常設展示)へ。
この画の横には、やはり同時期にやや場所を変えて描いた「代々木附近の赤土風景」も展示されているのですが、2枚を見比べると同じ画家とは思えないチカラの差、あり。


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9 03, 2004

ただの石ではないと睨んでいたが

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代官山ヒルサイドテラス横、デンマーク大使館。
前から気になっていたのが、その前庭におかれた、レリーフのある三角錐型の大きな石。
よく見れば、しめ縄のように張り巡らされた紐のなかにあごひげをはやした男の姿が。
そして、その頭には帽子のようにも見える後光らしきものが。

どうやら、これはキリスト像?
10世紀はじめ、ヴァイキング全盛の北欧で、デンマークとノルウェーを統一し、キリスト教を導入したHarald Bluetooth王が両親の塚の脇に立てたルーン文字(ヴァイキング文字)の石碑が、この石の原型となっているらしく。
この石碑、母国から運んできたのか、日本で作らせたのかは残念ながら聞き漏らしたが、デンマークの出生に関わる証明書みたいな存在なのかも知れない。
ちなみに、現在のデンマーク王家はしっかりとハラルドの直系となっている。

ところで、IT系の人がBluetoothと聞くと、人名とは違う、あるものを思い浮かべる。
それはスウェーデンのEricssonという会社が開発した至近距離無線の技術、Bluetooth。
このテクノロジーを普及させるコンソーシアムを作るにあたって、「統一」「結束」を実現したHarald Bluetooth王の偉業にあやかってブランド化したものだとか。
なるほど、どーして「青い歯」なんてオカシな名前にしたのか、その理由が今頃よーやく分かりました、ハイ。

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8 05, 2004

アテネも遠いが世界も遠い

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六本木ヒルズ。
けやき坂をまたぐデッキ上に出現した黒いベルト。
これが夜になると赤い光の点が一瞬にして走り抜けるオブジェと化す。

はじめて夜見たときは、またまた現代美術家の作品か、と思いきや。
アディダスがスポンサーとなっている、「不可能」を超えた世界記録展の展示物のひとつ、60mスプリント。
1998年2月にマドリードで樹立された男子記録6.39秒を赤い電球の移動で再現しようという面白い試み。
テレビで陸上競技を見ていてもその速さは他人事でしかないが、ここに来ればその桁違いのすごさを身をもって体感できる。
わが家の駄犬も猟犬のDNAを刺激されたのか、すぐに追撃態勢を整えたのだが、いかんせん相手が速すぎて、腰を浮かしたまま、光の点を目で追うだけ。

このほか、六本木通り側には高さ6.14mの棒高跳び世界記録のバーも。
高い!
人間にこんなことができるのだろうか。

たくさんお金をかけなくてもアイデアで人を驚かせることができる、上手に使えば殺風景な空間も生き生きしてくる、ということを教えてくれた、これは素晴らしい例。

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7 26, 2004

トーキョーの逢魔が時

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ひさしぶりに汗もさほど、というほどに過ごしやすかった夏の一日。
午後6時50分、都心に美しい夕景が。

現代美術が「描写」を捨てちゃったのなら、「描写」を引き受けてくれるのはカメラだけか。

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7 12, 2004

壁が主張する清澄白河の駅

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都営大江戸線、清澄白河駅。
車中、暑さでうつらうつらしかけていた視線をプラットフォームへ移すと、亜鉛メッキで覆われた鉄板の壁面になにやら現代美術風の貼り付けものが。
ふつう、地下鉄の駅は外の景色が見えない分、駅の意匠に留意して「もうついたな」とか「ここだ」とか、乗客がプラットフォーム周辺のカラーリングや雰囲気で視覚的に認識できるよう工夫されているみたいだけれど、ここは大江戸線のなかでも、また特別。

東京都現代美術館や佐賀町など先端的な小規模ギャラリーを抱えている場所とあって、こうなったであろうことは十分推測されることだけれど、調べてみたら、軌道対向壁アートデザイン「20世紀文明の化石 Art wall at Platform」作者樋口正一郎、 とあった。
ペンチやスパナなどが貼り付けられているのは高度成長時代の象徴であって、役目を終えた工業製品が何万年後かに化石となって現れる、という変身・再生の物語を秘めているそうな。
たしかに、そう言われてみれば、そのようにも。

大江戸線ではプラットフォーム以外にもコンコースなどにスペースを設け、タイルアートなどアートに理解を示す空間を提供していて、そのトライアル精神にはこころからの拍手を送りたいのだが、惜しむらくはすべてが平均的であること。
予算の問題なのか、決定権者の美意識の問題なのか。
あと一歩。

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6 04, 2004

芸術家だって滑り台ぐらい作りたい

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札幌、大通り公園。
東京と大体同じような気温のはずだが、空気が乾いているのでシャツがからだにまとわりつくことがない。
残念ながら、ライラックの花は散り始めでしたが、晴天に恵まれてか金曜の昼下がりというのに公園はどこも楽しげな光景が。
小川のせせらぎを模した石造りの水路では、すっかり裸になって水遊びに興じる幼児たちの姿も。

公園のなかほどに、黒い御影石でできた小さなバベルの塔。
イサム・ノグチ作、「ブラック・スライド・マントラ」。
前回札幌を訪れたとき、彼がグランドデザインを描いたモエレ沼公園をこの日記でご紹介しましたが、市内にも彼が作った作品がある、というので今回寄ってみたというわけ。
(この彫刻が置かれている場所は20年ほど前は南北に走る道路だったのですが、それも公園にするためにつぶしたんです、とは地元で案内してくれた人の説明。なんと大胆な。)

イサム・ノグチのイメージは、風貌からしてカラヤンのように気難しい感じを与えるので、つい理屈っぽい芸術家を想像しまうのですが、モエレ沼の作業やこの遊具、あるいは和紙と竹ひごで作った照明器具「あかり」などを串刺しにして眺めると、案外ピカソや岡本太郎のような陽気さや童心を持ち合わせていた人だったのではないか、と。

いまが旬のホワイトアスパラガスのクリーム煮を口に運びながら、「はて、マントラって何だっけ」。
たしか、マントラをとなえる、とかなんとか言ったりするよなー。
イサム・ノグチが投げかけた宿題。
思わぬときに、答えが見つかったり、いつのまにか忘れちゃったり。
これも徘徊の効用かな。


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5 30, 2004

東京生まれのディビッドくんは色黒

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先日、「ダビデ像お色直し」という記事を目にしたので、これを想い出しました。

六本木通りから恵比寿駅に抜ける駒沢通り。
この広い道に面して立っているブラック・ダビデ。
おそらく本物と同じくらいの大きさではないかと思われる彫像が建物の凹みに置かれています。
なんで黒くしちゃったんでしょうね。

建物はメンズを得意とするアパレルメーカーの持ち物。
同じ敷地内には木造の雰囲気のあるカフェを作っているというのに、どーして?
まあ、自由の女神よりはなんぼかまし、でしょうが。
汐留の高速道路脇にも港区立「イタリア公園」なるものが生まれていますが、そのうち日本中が鬼怒川の東武ワールドスクエアみたいにコピーとミニチュアだらけになっちゃっうんじゃないかと、本気で心配しています。

この際、言っておこう。
トロイの木馬は、映画だけで十分。

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5 23, 2004

おそっさまでヒーリング

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杉並堀の内、妙法寺。
厄除けお祖師さま、地元のよびかたは「おそっさま」。
江戸時代には浅草寺に並ぶ人気があって、落語「堀の内」はここへの参拝噺。

きょうは三のつく日で縁日だというのに、いまにも降りだしそうな天気のせいか、人出はちょっと少なめ。
子供の頃は縁日になると、少年雑誌の付録だけを売ってるオジサンや飴細工、紙せんべい、金魚すくいなどの露店が出て、人にぶつからないで歩くのが大変なほどの混雑だったけれど、時は流れる、ですかね。
門前には遠方からの参拝客をあずかる木造2階建ての大きな旅館が威容を誇っていたけれど、いまはスーパー「サミット」が近隣の買い物客を集めているようで。
それでも、祖師堂の前はいつか見た懐かしい光景。
日蓮宗特有の太鼓の響きをお伝えできないのが残念ですが、これはこれで人のこころを明るく高揚させるリズムがあって、むずかしいこと言わずに「南無妙法蓮華経」と唱えていれば、アンタ救われますよ、というこの宗派のとっつきやすさを表現しているようでもありました。

驚いたことに、ここでジョサイア・コンドルが設計したという和洋折衷の鉄門(国の指定文化財)を発見。
コンドルといえば、明治初期に来日したイギリス人建築家で、鹿鳴館をはじめ、ニコライ堂、岩崎久弥邸、開東閣、三井倶楽部など、どちらかといえば威厳や風格で人を圧倒するような西洋建築を数多く手がけた人。
弟子には東京駅を造った辰野金吾や赤坂離宮の片山東熊など。
でも、あの川鍋暁斎の弟子になったりしているところを見ると、やはり建築だけじゃなくていろんなものをココロのうちに秘めていた人なのかも知れず。
鉄門そのものはいまひとつな感じでしたが、コンドルの意外な一面を見たおもいでした。

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5 14, 2004

想い出すのは「リストランテの夜」

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汐留の一角に生まれつつあるイタリア色の新市街。
ヴィータ・イタリア。
ついこの間までチッタ・イタリアって名前でアナウンスしていたのに、どうして変えたんでしょうね。

同様なコンセプトで先駆けた川崎ラ・チッタ・デッラは最近になってついにイタリア一色だけではやっていけなくなったらしく、残念ながらラーメン屋まで登場したとか。
こちらヴィータ・イタリアもどこまでその意思が貫くことができるか、ですね。

そこで想い出すのがガーデンシネマでやっていた「リストランテの夜」。
出演者で知っていたのはイザベラ・ロッセリーニくらいだったか。
イタリアの片田舎からレストランを成功させようと期待に胸をふくらませてアメリカにやってきた兄弟のお話。
兄はアメリカ人たちに本場のイタリア料理を知ってもらおうと夢を描く。
弟はお店の収支を任され、金策に走り回る。
しかし、思ったようにお客は来てくれない。
兄と弟。理想と現実。どこかでつけなければならない折り合い。
これはレストランだけじゃなく、広告だって、アートだって、建築だって、何かをカタチにしようとするときに必ず顔を出す永遠の課題。

でも、外野としてはセガフレード・ザネッティみたいなチェーン店じゃなくて、朝6時からやっている個人経営のバールなんかも期待しちゃうんだけど、ムリなんでしょうね。


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5 04, 2004

六本木に負けてはいられない

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丸の内仲通り。
むかしはただのオフィス街。
日曜日なんか猫一匹いなかった。
だから映画やCMの撮影隊はわざわざ日曜日がくるのを待ってやっていたほど。

それがいまや東京でも有数なブランド店通りに。
これだけの店が自分たちの最新の商品を競って展示しているのですから、この近辺に勤めている三菱系会社員たちの生活感覚も一挙に向上しようというもの。
きょうは少し風が強くあいにくの天気でしたが、そぞろ歩きする人たちはそれでも多く。

写真はその仲通りの舗道に置かれた11体の彫刻のうちのひとつ。
ノエミ・ラミレス・ロペスという作家が作った「考える人」。
どこが「考える人」なんだか、と考えている私が「考える人」なのかもと思ったり。
箱根彫刻の森美術館から拝借してきた作品らしいけれど、貸出料、運搬費、設置代、警備など、結構な出費だろうな、なんて。

丸の内活性化プロジェクトみたいなことがあるんでしょうね。
六本木ヒルズばかりにいい思いはさせたくないんでしょうが、2007年には六本木防衛庁跡地が再開発オープン。
リッツ・カールトンも開業するとなると、丸の内もうかうかしていられない。
六本木ヒルズはあの事件以降、けやき坂を歩く人の数がめっきり減っているけれど、MoMAも始まったことだし。
それぞれやりかたは違ってもアートをうまく利用した「集客」の東西対決となれば、私たちもウエルカム。
去年の「カウパレード」もよかったけれど、外国のイベントをそっくり持ってくるんじゃなくて、自前のアイデアで成功すればもっと楽しいものになるのに。

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4 09, 2004

散ってなお

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今年は三寒四温、というより四寒三温という感じで、桜満開に向けて一直線に気候が上向いてゆくことがなかったために、いつもの年に比べたら花盛りの風景をずいぶんいろんなところで見たような。
写真は近くの小さな公園。
散った桜の花びらであたり一面ほとんど雪景色でした。
こんな風景だって、365日のうちのほんの2日か3日。
歌人でなくても、気持ちは動きます。

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4 02, 2004

商店街に未来はあるか

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六本木ヒルズ、地下鉄大江戸線の駅ができたことで、にわかに息を吹き返した商店街、麻布十番。
それまでも、8月最後の夏祭りは近所の大使館やPTAなども出店を並べての国際色豊かなイベントなどで盛りあげていたものの、全般的には消極的展開に傾いていたらしい。
新しいジャンルの商品を仕入れたり、店の改装といったことも、やや沈滞ムードが蔓延していて積極的ではなかった。
息子たちにお店を継がせるのがタイヘンだった。
というのが、床屋で働いているオニイチャンの地元分析。
それが、上記の天恵でがぜん活気に満ち溢れた商店街に変身したというわけ。

商店街も美術館同様、どこも集客や魅力づくりで苦労していてタイヘンですが、しかし、この商店街は決して棚からぼたもち、でこうなったんじゃない、という例証をひとつ。
写真は舗道の脇に設置された1メートル程度の母子の彫刻。
作者はパキスタン・イスラム共和国アンジャム・アヤズ、とある。
じつはこのような小さな彫刻やモニュメントが景観と溶け合うように、商店街のそこここにある。
その数、15。
国や都、そして近隣にたくさんある大使館の協力を得て、このプロジェクトが完成したらしい。
96年に設置ということなので、地下鉄やヒルズが来るずっと前から街をなんとか活性化させなくっちゃ、というエネルギーを内包させていたんですね。

天使は準備している者の上に舞い降りる。
これからも楽しみにしてまっせ。

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3 20, 2004

地下鉄もアートする

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地下鉄の入り口をこんなにしちゃっていいの?
場所はルーブル美術館前、コメディフランセ-ズの建物の前。
たしか昔はアールヌーボー調のグレーに塗られた鉄製の囲いがあったのですが。
誰が、どんな経緯で作ったかは知りませんが、奇抜すぎる。
フランス人はときとして過剰なデザインに走る、と言われていますが、これなんかもその典型。
でも、ひとつぐらい同じように東京で試してもワルクないか。
さしあたり銀座松屋の前の銀座線入り口なんかをガラスとステンレスとマホガニーかなんかで、どう?

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3 07, 2004

恵比寿にロダン

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襟元を暖かいものでくるんでいなければ身体が冷え切ってしまうような一日でした。
そのかわり、空の色の変化、雲の動きが十分に楽しめた日曜日。

ここは恵比寿ガーデンプレイス。
いつもちょっといい映画をセレクトしてくれているガーデンシネマの前の広場にあったんですね、こんな著名な作家の作品が。
もう何年もこの広場を行ったりきたりしていたのですが、まさかこんなところにあんなものが。
小さなプレートには「永遠なる休息の精」オーギュスト・ロダン1898、とありました。

永遠なる休息って、もしかしたら「死」ってこと?
意識が遠ざかって、肉体を支えていた筋肉の緊張が消える。
そのグラリと崩れ落ちてゆく瞬間を描いたのか、なんていろいろ想像してしまいました。
さしだされた左手はあたかも虚空を掴もうとしているようにも見えるし。
これもお題がないと、そこまで考えが及ばないわけで、お題は重要ですね。

このロダンの少年と正対する位置に、やはり同じサイズの若き女性像が。
これもいままで視界に入っていたはずなのに、見ていない。
ブルーデル作、とありました。
こちらは果物かなにかを持って微笑を浮かべてリラックスしているだけの静かなもの。
ロダンと比べるのもヘンですが、こちらさんには個人的に感情移入できませんでした。

東京の街頭でときどき見かける具象的な彫像、彫刻は、なかなか風景に定着しにくい。
とくに外国色の強いものは場違いな感じをうけることが多々あります。
ゆりかもめに乗っていると見えるお台場の自由の女神とか、どこかの大きな石油会社本社の玄関に超然と立つプロメテウス像とか。
その点、いままで気がつかなかったというマイナスを差し引いても、恵比寿のロダンはグッド。
という風に考えてゆくと、あまり主張が強いものは個性の乏しい風景のなかではバランスが取りにくいってことでしょうか。


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2 28, 2004

ちゃんとコミュニケーションしてる

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代官山を歩いていたら、ファラオ?
1メートルもあろうかという大きな顔が左右の門扉にひとつづつ。
それもそのはず、建物はエジプト・アラブ共和国大使館でした。
たしかに歩行者の私にも自国の文化にちゃんと誇りをもっている様子が伝わってくるんです。

大使館て、事務的な感じのする建物も多いけれど、あるアラブの産油国の大使館は鉄柵にゴールドを塗りたくっていたり、イスラム系の国の大使館はいかにも回教寺院のような味わいをもたせていたり。
それぞれお国柄というか、キャラクターというか、にじみ出ちゃうんですね。
その点、在外日本大使館はどうなってるのか、ちょっと心配。
日本人は顔が見えない、無個性なんて、言われていたこともあったし。
何億もする豪華なプールを大使館のなかに作って満足してるんじゃないでしょうね。
建物だって、立派な外交官なんだから。

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