ブッシュに一目ぼれ
東京ビッグサイトで1月11日から3日間開催された骨董ジャンボリー。
そこで衝動買いしたのが写真の仏手(ぶっしゅ)。
何をかくそう、当方は日ごろひとつの商品を選ぶのにも何回も何回も逡巡し、結局は手ぶらで帰ってきたりするので、「煮えきらない男」とあまりうれしくない烙印をおされたりもしているキャラなのだが、今回ばかりは例外。
広い会場にアジアのバザールのように展開された骨董屋のブースを次々と覗いていたら、彼女と運命的な出会いが。
胸板も薄い飛鳥時代の百済観音像のような細身の仏像から欠け落ちたと思わせる、その手の指の細さ、掌の薄さ。
ごく自然に持ち上げられて、どこにも力みのないその手が語りかけている。
「こころしずかに」と。
じつは数年前、東京美術倶楽部の特別展で京橋にある古美術店が出品していた木彫の仏手に魂が吸いとられたことがあった。
ふくよかに丸みを帯びた両の手が合掌のカタチをとっているもので、きっと本体の仏像も高いレベルの作品だったのではと思わせるすばらしいものだったが、そのお値段もまた負けずにすばらしかった。
そのときはシッポを巻いて帰ってきたのだが、今回遭遇した仏手はその100分の1にもならない、ポケットマネー価格。
躊躇なく決然と購入におよんだ次第。
でも、それって安すぎない?
古色蒼然とした印象をほどこしたニセモノじゃない?
ま、いいじゃないすか、ニセモノだって。
その昔、ピアニストの三宅榛名さんから「人間のどんな感情もピアノひとつで表現できるんですよ」と伺ったことがあった。
同じように手の表情だって人間のいろいろな感情を伝えてくれる。
この手も、見ているだけでなんだか世迷いごとを忘れさせてくれるみたいで。
しかも、もともとはどんな仏像だったのかな、とか、
いつの時代の特徴を備えているのかな、とか、
手のポーズの意味は、とか。
欠損した彫刻に共通する「想像する愉しみ」だって、オマケでついてくるんだから。
最後に、東京における骨董関係イベントの楽しみかたを。
東京ビックサイトで開かれる「骨董ジャンボリー」は入場料が必要。
一方、平和島の流通センターで年に数回開催される「全国古民具骨董祭り」は入場無料。
ともに全国から骨董商が集まり、出店している。
お店の人たちはすっかりアブラっ気が抜けたオジサンだったり、時代屋の女房といったところ。
品物はジャンクからアンティークまで幅広いのが特徴で、数時間があっという間に過ぎてしまう。
それに対し、上記東京美術倶楽部の展示会とか東京フォーラムのフェアには名だたる古美術商が出店していて、ゲージュツの匂い濃厚。
当然、来場者も和服をお召しになっているご婦人や芸術家然としたご老体など。
展示側もほとんどがダーク系スーツ姿。
もちろん、当方のような人間が買い求めるには絶望的にハードルが高いわけだが、手軽に目のお勉強を始めたいかたにとっては、日本橋三越の美術品売場とかこのあたりから徘徊するのがよろしいか、と。
先輩も言っておりましたネ、「いいものを沢山見ることだ」と。
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