1 15, 2008

ブッシュに一目ぼれ

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東京ビッグサイトで1月11日から3日間開催された骨董ジャンボリー。

そこで衝動買いしたのが写真の仏手(ぶっしゅ)。
何をかくそう、当方は日ごろひとつの商品を選ぶのにも何回も何回も逡巡し、結局は手ぶらで帰ってきたりするので、「煮えきらない男」とあまりうれしくない烙印をおされたりもしているキャラなのだが、今回ばかりは例外。
広い会場にアジアのバザールのように展開された骨董屋のブースを次々と覗いていたら、彼女と運命的な出会いが。
胸板も薄い飛鳥時代の百済観音像のような細身の仏像から欠け落ちたと思わせる、その手の指の細さ、掌の薄さ。
ごく自然に持ち上げられて、どこにも力みのないその手が語りかけている。
「こころしずかに」と。

じつは数年前、東京美術倶楽部の特別展で京橋にある古美術店が出品していた木彫の仏手に魂が吸いとられたことがあった。
ふくよかに丸みを帯びた両の手が合掌のカタチをとっているもので、きっと本体の仏像も高いレベルの作品だったのではと思わせるすばらしいものだったが、そのお値段もまた負けずにすばらしかった。
そのときはシッポを巻いて帰ってきたのだが、今回遭遇した仏手はその100分の1にもならない、ポケットマネー価格。
躊躇なく決然と購入におよんだ次第。

でも、それって安すぎない?
古色蒼然とした印象をほどこしたニセモノじゃない?

ま、いいじゃないすか、ニセモノだって。
その昔、ピアニストの三宅榛名さんから「人間のどんな感情もピアノひとつで表現できるんですよ」と伺ったことがあった。
同じように手の表情だって人間のいろいろな感情を伝えてくれる。
この手も、見ているだけでなんだか世迷いごとを忘れさせてくれるみたいで。

しかも、もともとはどんな仏像だったのかな、とか、
いつの時代の特徴を備えているのかな、とか、
手のポーズの意味は、とか。
欠損した彫刻に共通する「想像する愉しみ」だって、オマケでついてくるんだから。

最後に、東京における骨董関係イベントの楽しみかたを。
東京ビックサイトで開かれる「骨董ジャンボリー」は入場料が必要。
一方、平和島の流通センターで年に数回開催される「全国古民具骨董祭り」は入場無料。
ともに全国から骨董商が集まり、出店している。
お店の人たちはすっかりアブラっ気が抜けたオジサンだったり、時代屋の女房といったところ。
品物はジャンクからアンティークまで幅広いのが特徴で、数時間があっという間に過ぎてしまう。
それに対し、上記東京美術倶楽部の展示会とか東京フォーラムのフェアには名だたる古美術商が出店していて、ゲージュツの匂い濃厚。
当然、来場者も和服をお召しになっているご婦人や芸術家然としたご老体など。
展示側もほとんどがダーク系スーツ姿。
もちろん、当方のような人間が買い求めるには絶望的にハードルが高いわけだが、手軽に目のお勉強を始めたいかたにとっては、日本橋三越の美術品売場とかこのあたりから徘徊するのがよろしいか、と。
先輩も言っておりましたネ、「いいものを沢山見ることだ」と。

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3 24, 2006

東京駅は東京だけのものじゃない

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東京駅の赤レンガ駅舎がむかしのままに再生されるらしい。
こんな記事を目にした記憶があるが、たまたま通りすがりに駅舎内の鉄道警察隊に勤務している旧友を訪ねて聞いてみたところ、「ここも7月には明け渡すことになっている」。

どーやらウワサは本物であった。
うれしいではないか。
最近はせっかくの駅舎にビヤホールだのコンビニなどをにわか作りで継ぎ足し、足元のコンクリートもオレンジ色に塗りたくったり、なんだか場末のキャバレーのごとき様相を呈していたのだが、空襲で焼け落ちた丸ドームの再生を含めて復元計画が進んでいる、という。

それもあって、東京ステーションギャラリーではいま「東京駅の歴史展」が開催中(入場無料)。
工事が始まったらしばらくの間は来れないと思い、急な階段をのぼって館内を徘徊。
写真は鉄枠の窓から皇居方面を撮ったものだが、完成予想図では手前の自動車進入路はなくなって広い駅前広場ができるらしい。
ミラノ駅に負けてはいられない。
(パリ・オルセー美術館の建物も、もとはといえば鉄道の駅舎)

でも、こうして駅舎が保存されたのも地道な保存運動があったからこそ。
昭和末期の「民活導入」であやうく鉄筋コンクリートのピカピカの箱ものに変えられそうなところを救ったのは数人の女性たちであった(もちろん、その後運動は日本建築学会などへ広がりをみせるのであるが)。
森まゆみ著「東京遺産」(岩波新書)にこのあたりの顛末が詳しく述べられているが、もし30年前の保存運動がなかったら・・・・。
それを思えば、東京駅を作った辰野金吾とともに彼女たちの保存運動もお化粧直しされる新生駅舎にしっかりと記録してもらいたいと願うばかりである。

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1 05, 2006

温故知新をもういちど

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あけましておめでとうございます。

昨晩の「古畑任三郎」、ご覧になりました?
当方、テレビはほとんど観ないクチなのですが、「犯人はイチロー」という極めつけの誘い文句に引かれてスイッチ・オン。
イチローの演技は「イチロ、ニッサン」のCMに出ていた頃から敬服していたのですが、天はニ物をあたえることもある、ということを再確認させていただきました。

きのうはいいもの見せてもらったなー、と思っていたところ、本日もまた「いいものを見せてもらいました」。
場所は広尾プラザ2階にある伊東屋。
(ここはお得意の文房具を置いていたお店なんですが、昨年思い切って?改装し紙専門店に)
そこへ買いものに現れたのが、うら若き外国人女性。
和服。
着こなしも板についている。
しかもこの模様、柄、色の取り合わせ。
和装評論家やスタイリストだって、思わずゴメンナサイってもんじゃないでしょうか。
とにかく絵になっていたんで、気がついたときには「写真撮らせてくださいな」ってお願いしていた次第。
でも、シャッターを一回押したら、非情にもデジカメは電池切れ。
たった1ショットだけだったけれど、彼女のセンスが見て取れるでしょ?(写真が中途半端でスミマセン)。
もしかしたら、業界では有名なかたかもしれませんが、日本文化を吸収するだけでなく、アレンジを加えて我がものとしていて、お見事。

最近脚光を浴びている徳島の山奥の村、祖谷はアレックス・カーが茅葺(かやぶき)民家を再生させる活動を始めた場所。
東京下町の長屋で屏風絵を描いているアメリカ人もいる。
私が通っている合気道の道場は生徒の4分の1は外国の人。
稽古後のシャワールームは仏語、独語、伊語、英語、○×語が飛び交う。
日本にも磨けば新しい光を宿すものだってまだまだいっぱいあると、世界の隣人たちが語りかけてくれているような。

温故知新。
少々くたびれたコトバだけれど、2006年はコレでいきましょうか。


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2 22, 2005

跳ね馬を東京で飼う

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「象を飼う」という、変わった題名の本(村松伸著 晶文社)がある。
サブタイトルは「中古住宅で暮らす法」。
じつは著名建築家が建てた家を東大の建築史の先生が中古で購入し、メンテナンスしてゆく話なのだが、それは「巨大なペット」=「象」を飼うようなものだ、と。

それでは、1967年型フェラーリ330GTCに惜しみない愛情をそそいでいる浜口勝郎さんなら、さしずめ「跳ね馬(フェラーリの紋章)を飼う」といったところか。
デザインはピニンファリナ。
12気筒、4000cc、300馬力。
世界中でわずか600台。

しかし、なにせ40年前のオールドタイマーである。
高温多湿な日本の気候ではすぐにオーバーヒートしてしまうので、ラジエターを丸ごと交換。
冬でもエンジンの熱が伝わって暖かくなる車内は、夏になると灼熱地獄。
だから、クーラーを狭いダッシュボードのなかに押し込めるために、軽自動車のものを流用したり。
左ハンドルの不便を解消すべくETCを取り付けたはいいが、作動が不安定で使いものにならない。
調べてみたら、電気系統から発する電波がワルさをしているらしい。
(いまのクルマは電波を遮断する造りになっている、とか)
部品が手に入らないとなれば「最後は手作り」だそうだ。

クラッチが、異様に重い。
急ブレーキを踏めば、車体は瞬間不安定な挙動をみせる。
カローラ並の車幅なのに、小回りはぜんぜんきかない。
カネも手も、ハンパじゃなくかかる。
でも、好きなんだから・・・・。

古いものを大切にする気持ち。
なんだか最近増えているような気がしませんか?


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