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7 17, 2009

葉山で絵になる小道を見つける

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神奈川県立美術館葉山分館で「画家の眼差し、レンズの眼 近代日本の写真と絵画」という、地味ながら興味深い催しがあるというので、ポンコツ車の振動と騒音にまみれながら、夏の湘南へ行って参りました。

じつは「写真」と「絵画」の相関関係みたいなことに、なんとなく興味を持っておりまして。
この春、札幌芸術の森で開催された「絵画と写真の交錯 印象派誕生の軌跡」も、仕事の合間にしっかりチェックしていたわけですが、今回の葉山のほうはサブタイトルにあるように明治期以降の写真技術の発展が絵画に与えた影響について、多くのサンプルを用意して考察するという企画。

会場をまわって感じたことは、当時の写真家・写真師たちは光学や薬学などの相当の知識が必要とされたのではなかったか、ということ。
カメラ草創期ということもあり、撮影機械もさることながら印画紙や定着液など、次から次へと新しいものが登場してきた時代。
撮影技術とかカメラワークはある程度経験の産物ともいえるが、薬品の知識は勉強しつづけなければ追いついていけない。
おそらくは科学者と同じように、生涯、更新されつづける情報と格闘していたんでしょうね。
一方で、そうした困難をものにしながら、たんなる記録写真ではあきたらず、アートを模索する写真家も現れてきたり。
どんなジャンルでも、変動期って、緊張感もあり刺激的ですなー。

さて、今回葉山へ来たのにはもうひとつ目的がありました。
裕次郎が大好きだったという、1個70円の葉山コロッケ?
いやいや、冒頭写真の場所を見たかったんです。
葉山分館の敷地左横に通っている海に向かう長い小さな道。
なんだか、どこかで出会ったような、なつかしい感じがしませんか?
ダラダラと浜辺へ向かって下ってゆくと、湘南の海が目の前に。
左右の砂浜にはもうよしず張りの海の家が営業中。
左手には御用邸の磯が広がっている。
ナイス・ロケーション!
冬もいいかも。

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7 14, 2009

一品制作か、大量生産か

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3年ほど前に黒川紀章の設計で六本木にできた国立新美術館。
ご近所だったのですが、どーもピカピカした新しい建築物や新名所的なものを苦手とする旧弊なキャラが災いしてか、いままで足を踏み入れたこともなく。
ただ今回は、あのラリックがたくさん見られる、ということでブラブラ行ってまいりました。

ルネ・ラリック。
やはり、天才ですね。
アクセサリーやガラス工芸の類いに興味のないかた(とくに中年男性)は、ほんと、まったく足が向かない企画とは承知しておりますが、ま、いちど1900年のパリ万博あたりに活躍したクラフトマンの力量を見てあげてください。
わが国でも琳派などの職人の手仕事はすばらしいものですが、ラリックはすべての作品に「ラリックらしさ」を残している。
小さな宝飾品や香水瓶、大きな花瓶や室内装飾用のオーナメントにいたるまで、素材や形状など一定の枠組みにとらわれることなく自由奔放。
そして、どこかにギリシャ彫刻やルネッサンス絵画のかけらが見て取れる、というような。
想像するに、次から次へアイデアが湧きあがっていたとしか思えない。
仕事するのが楽しかったんだろーなー。

一方で、作品を年代順に展示された会場を歩いていると、折からの工業化社会へシフトしてゆく時代の潮流にあわせ、それまでの1点ものの制作から、大量生産できる作品へとシフトしてゆく歴史の流れも見てとれる。
型にガラスを流し込み、同じものをたくさん作って1点ものよりはるかに安い価格で提供する。
それはそれで「アートの大衆化」というプラスの側面をもっているとは思うのだが、同時に失ったものも大きい。
たとえば、この時代、欧米各国では飛行機メーカー、オートバイメーカー・自動車メーカーなどが何百社と乱立し、それぞれ思いつくままにユニークな、どこか人間くさい製品を作っていたのだが、100年経過してみれば結果的に世界的な規模をもつ数社に集約され、そこから提供される製品はほとんど似たようなものばかり。
自動車産業は男らしさを失った(魅力的なクルマを作れなくなった)、とカッコいい言葉を吐いてデロリアンがGMから飛びだしたのが1975年だが、それ以降も工業化の波はおさまらない。
そして、いまやインドのタタが20万円で自動車を売る時代。
家を建てようと思えば、数ある分厚いカタログからパーツを選んで組み合わせるだけで完成してしまう時代。
モノを作る喜び・所有する喜びは、悲しいかな、20世紀前半で地球上から消滅してしまったのか。
そんなことも副産物として考えさせてくれる構成でした。

ラリックといえば数年前、箱根仙石原にラリック美術館が誕生。
個人美術館としてはコレクション数はなかなかだが、国立新美術館の企画展はやはり「国立」。
カバーしている領域が広く、箱根で感激した以上の驚きがある。
さらにびっくりしたのは、展示作品の多くが日本人の「個人蔵」とだったこと。
白金にある旧朝香宮邸(現東京都庭園美術館)はラリック展示場と化しているし、日本人にラリック好きが多いことは知られているが、これほど数多くの愛好家が散在しているとは。

ま、もっとも、これも工業化のおかげかも知れませんね。

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7 10, 2009

ただただ撮り続けることの価値

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九州生まれのひとりの写真家が若き日から北海道の風景と生活を小さなカメラで撮りためてきた。
「森山大道写真展 北海道<序章>」。
札幌宮の森美術館。

決定的瞬間を鋭く切り取りました、とか、
撮影対象との親密な関係性を構築しながら、とか、
社会に対する告発や主張などとは
およそ無縁な地点に立つ、
なんていうこともないモノクローム風景写真。

ときとして画面は水平を欠き、
シャッターは焦点が結ばれることなく切られ、
小さなフィルムサイズゆえに荒い粒子ばかりが目立つ。
ノーファインダー撮影、
あるいはノーファインダー的構図。
意図がない。
企画がない。
ただひたすらカラダが反応するモノに向かってシャッターが押される。

映画なら「ロードームービー」といったところか。

しかし、そんな写真があるまとまったボリュームで見る者の前に立ち現れるとき、がぜん思索家の日記や書簡集のような「深み」を見せつけることになる。

「バスに乗り列車に乗って北海道のあちこちを写し歩いた。
まれに一泊になることもあったが、
ほぼ連夜、重い足を引きずってアパートに辿り着き、
寒い部屋でひとり食パンをかじりウィスキーをなめ、
また得体の知れない憂鬱にとりつかれて長い夜を苛々と過ごしていた」

まだ清里化する以前の小樽のうす汚れた運河や
直立した固い背もたれをもつ国鉄車内風景など、
なぜか戦前の風景のようにも見えてしまうが、
78年以降に撮りためたものと知れば、
この30年間に私たちの周囲に起きた変化は
想像以上に激しかったのでは、と思わざるを得ない。

この写真展は日程と展示写真構成を変えながら
道内5か所(アルテピアッツア美唄など)で開催される。
冒頭の写真は宮の森美術館前で森山大道風にカメラを傾けて撮影したものだが、うまく撮ろうなんて下心がある分、やはり写真家のようにはいかないよネ。

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