遠藤周作「沈黙」が映画になる
今朝、いつものようにYahoo!でニュースの見出しを斜め読みしていたら、「遠藤周作「沈黙」、米で映画化」の文字。
ついでにマーティン・スコセッシ監督の笑顔の写真も目に飛び込んでくる。
果報は寝て待て。
うわさは本当でありました。
撮影開始は2009年後半とのことで、実際映画が公開されるのはずっと先になるだろうが、このストーリーからすれば製作費が足りなくなって行き詰る可能性はほとんどないので、目の黒いうちに日本の映画館でも観ることができそうだ。
読書家とはいえない私でも「沈黙」のすごさは分かります。
ポルトガルのイエズス会がアジア布教の基地であったマカオから日本に向けて司祭セバスチャン・ロドリゴを派遣する。
しかし、秀吉から始まった基督教締め出しは徳川時代には迫害の様相を呈するようになる。
改宗を拒み、拷問の果てに死に追いやられる日本人信徒たち。
その現場に立ち会いながら、傍観するしかなかった司祭が神へ問う。
「あなたはなぜ黙っているのです。この時でも黙っているのですか」。
写真に映っているもう一冊の本はアルフォンス・デーケン「よく生き、よく笑い、よき死と出会う」(新潮社)。
著者は上智大学においてながく死生学を教えられてきたドイツ人だが、父親が反ナチ運動に加わっていたという環境のなかで、12歳のとき殉教した長崎の二十六人聖人殉教者の伝記を読み、とくにルドヴィコ茨木に感銘を受ける。
その後、青年になってイエズス会に入るが、ルドヴィコ茨木の生きかたがその後のアルフォンス・デーケンをカタチづくる。
フランシスコ・ザビエル(イエズス会)日本到来から数えて500年近く。
自分の一生を信仰に捧げる人たちの歴史的連続性に驚かされずにはいられない。
(ところで、デーケン先生はお元気でいらっしゃるだろうか)
映画撮影はニュージーランドで行われる、という。
配信された記事をよく読むと、「アメリカ版「沈黙」を作る」となっていることから、舞台設定は日本ではないかも知れぬ。
司祭を演じる役者の力量も分からない。
しかし、宗教の深淵に触れんとする難しい作品を映画化しようというマーティン・スコセッシの問題意識と姿勢は、すでに十分に評価されていいものと思う。
もちろん、原作となった「沈黙」の、時代を超え、国境を越える偉大さが前提にあっての話ではあるのだが。
期待しよう。
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