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1 08, 2009

ひとりでも多くの人が知ることからはじめたい

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みなさま、新年おめでとうございます。

昨年末の記事「暴走する資本主義」を見た後輩から「いつから社会派になったんですか」などとやんわりとオチョクラレたりもしたのだが、この時代状況を見れば誰しも内なる社会派としての神経器官がながい眠りから目を覚ますのは当然だろ。
・・・なーんちゃって、社会派というレッテルはご勘弁ねがうとして、近頃なんかおかしいぞ~、と思うことが増えてきたように思いません?
ということで、2009年版「なんかおかしいぞ~」第一弾。

渋谷桜ヶ丘から円山へ移ったミニシアター「ユーロスペース」で、めったにないほどシリアスな映画を観てまいりました。
アレクサンドル・ソクーロフ監督「チェチェンへ アレクサンドラの旅(原題はALEXANDRA)」。
ちなみに当方が出かけたのは正月休みも明けた5日。
内容が内容だけに客席スカスカと予測して行ったのですが、これが新年早々から大ハズレ(有馬記念もハズすわけだ)。
まだ午前の回というのに、客席の半分は埋まっておりました。

劇場には終始ヘリコプターの爆音、戦車のキャタピラ音、カラシニコフを操作する金属的な響き、軍靴のざわめき。
しかし、戦闘シーンもなければ、血の一滴も流れない戦争映画。
というより紛争地に展開されるロシア軍の駐屯地が舞台の戦地映画。
場所はチェチェン。

むかし地理の時間に「コーカサス山脈」とかいう名前、聞かされたおぼえがあるでしょ。
世界地図を広げると、ギリシャとトルコを分けるポスボラス海峡の右に黒海が見える。
さらにその右横には縦長のカスピ海があるのだが、コーカサス山脈はその黒海とカスピ海をつなぐようなかたちで東西に一直線に伸びている。
ロシア語ではカフカスとかカフカズとなる。
その北側山麓に位置するのがチェチェン。
山脈の南に目を移すと至近距離にアフガニスタン・イランが広がっている。
そうなんです、この辺りはムスリムとキリスト教徒の民族が複雑に交錯する地域。
パレスチナとイスラエルみたいに、日本人が皮膚感覚ではとらえにくい宗教問題&民族(人種)問題がここには内在していたんですが、それに加えてソ連・ロシアの政策がこの小さな自治共和国を完膚なきまでに破壊しちゃったんですね。
幼児がカンシャク起こしてオモチャ箱をひっくり返したみたいに。

「1944年2月23日、イングーシ人とチェチェン人はその日、ヨシフ・スターリンによって民族ぐるみ犯罪者と宣告され、カフカズの豊沃な平原から貨車で運ばれ、何千マイルも離れたアラル海の北の荒野に移住させられ・・・」(「われらのゲーム」から)

当方がはじめてチェチェンの名を知ったのはジョン・ル・カレ(John le Carre)というフランス風ペンネームをもつスパイ小説作家の作品「われらのゲーム Our Game」 (早川書房 1996年)。
ベルリンの壁が1989年に崩壊して冷戦構造が消え、KGB・MI6双方に肩たたきされる情報部員が大勢生まれたわけですが、ル・カレの小説も代表作「寒い国から帰ってきたスパイ」のようにスパイたちが元気に動きまわってくれなければハナシにならない。
だから、ル・カレが小説のなかでかつての腕利き諜報員たちにどんなセカンド・ライフを送らせようとしているのか興味もあって購入したのでした。
ストーリーの詳細は本を読んでいただくこととして、英国情報部が育てた英国人の二重スパイ(つまりKGBの指示も受ける立場)が、義憤にかられてイングーシ独立運動に身を投じロシア軍と戦って・・・・、というなんとも壮絶なセカンド・ライフがその答え。
「ラスト・サムライ」とか「ダンス・ウィズ・ウルブス」とかに共通する、弱者支援。
そのとき、チェチェン、グロズヌイ、バクーなど聞きなれない地名が出てくるたびに、なぜか血が騒いだ記憶が。

だからチェチェンの映画と聞いて、どんなところなのか実際に映像で確かめたかった、というのが最初の動機(邦題が原題とおなじ「アレクサンドラ」だったら、多分観に行っていないかも)。
駐屯地から外に出てしばらく歩くとチェチェン人のマーケットと町があるのだが、ここがスゴイ。
建物はズタズタ。
外壁に機関砲であけられた無数の穴。
鉄骨がむき出すコンクリート塊。
こんな状態が1994年から、もう10年以上断続的に続いている。

映画は80歳の老女アレクサンドラがチェチェンに常駐しているロシア軍の孫を訪ねてゆくといったドキュメンタリー風展開。
日本では考えにくいが、ロシアでは要望書さえ通ればこうした家族の訪問は許可されるらしい。
監督は老女にも孫の将校にも少なく短いセリフしか与えていない。
あるのは、ため息だったり、表情に表れる無力感や絶望感。
暗い目をしているが親切なチェチェンの青年が立ち止まってロシアの老女へ静かに語りかける。
「ひとつ言っていいか。お願いだから、もういい加減にこの国を解放してくれないか」。
実際にチェチェンで撮影されたというリアルさも伝わって、観客は大義がぼやけた戦争の無意味さ・空しさを直感的に味わうことになる。
小説は独立運動側から、映画はロシア側からの視線。

チェチェン紛争については余裕のあるかたは勉強していただきたいが、20万というチェチェン人が犠牲になっている。
非現実的な数字で、想像すらできないのだが。
アフガニスタンからアルカイーダの戦闘員も独立闘争グループに参加している。
スターリンによる暴力的な措置が根っこにあるのだが、混乱した状況をエリツィンとプーチンが自分の立場を強化するために「利用」する。
かたや国外のイスラム原理主義者たちが駆けつける。
いまや誰にも収拾できないし、収拾しなければならないという声も国際社会のどこからも届いていない。
山中に打ち捨てられた廃棄物置き場。
非営利医療・人道援助団体「国境なき医師団」web site の「2007年 10の最も報道じられなかった人道的危機」のページには、10項目のうちのひとつにミャンマーと並んで「チェチェン:人道危機はいまだ去らず」が報告されている。
「チェチェン やめられない戦争」(NHK出版)を出版したロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤはモスクワの自宅アパート・エレベーター内で何者かに殺されている。
終わりのない悲劇。

当ブログでは異例の長さになりましたが、最後に小説を仕上げたル・カレの言葉を。

「わたしは少数民族が受ける迫害について、また政治家にとっても黙殺するのが無難である“はやらない戦争”について、ひとこといわずにいられなくなった」と。
非力なれど、右におなじ。

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