« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

11 22, 2008

自分の居場所がみつからない

Rr0010938

渋谷のBunkamura には「ワイエス」を観に行ってきたばかりですが、
ここの1階にも小ぶりなGalleryが設けられているのはご存知ですよね。
ここで19日から始まったのが「鈴木雅明展」(11月26日まで)。
じつは去年6月に「フランク・ゲーリー」というヤンチャな建築家のドキュメンタリー映画をBunkamuraで観たあと、フラリと立ち寄ったら、この人が「-Light-」というテーマで個展をやっていて、それが結構印象に残っていたので。

今回の作品も昨年の続編という感じでしたが、どーゆー絵かというと。
作家が撮影した写真から描きおこしたと思われる都会の夜の風景。
高感度フィルムを利用したのではと想像される、夜なのにみょうに明るい街角。
放置された自転車、ガードレール、高速道路の高架、水銀灯のさみしい輝き。
新線開通で開発されつつある人工的な駅前みたいな。
その景色に貼りつけられているように、ポツネンとひとりの人影。
なんだか帰る家はちゃんとあるのに帰る場所がないと感じさせる登場人物。
カゲが薄い。

昨年はじめてこの作家の絵を観たときの印象は、じつは「写真をもとにした絵」に対するかすかな拒否感が作用していて、いいけどチョットなー、というフクザツなものだったんですなー。
というのも数年前NYはチェルシーの新興画廊を見て歩いたのですが、展示作品の多くが写真をPhotoshopでいじった絵やプロジェクターを使って描いたと思わせるものばかりで、「なんか安易」という感想を強く持っちゃってたもんですから。
(No sweat, No gainと刷り込まれた世代なんで、なかなかそこから外に出れないのか)

でも、今回は「やっぱりいいかも」。
というより、「いいゼ(キッパリ ! )」。
小説の世界では吉田修一が「悪人」や新刊「元職員」なんかで、ごく普通の人たちの不安定感を描いていて、いまという時代・社会の特徴をうまく文章にのせているけれど、まったく同様。
この風景は2008年なんだねー。
Edward Hopper(1882-1967)も夜の食堂(ダイナー)を描いた「Nighthawks」や、レストランのテーブルでひとり物思いにふける女の孤独を描いた「Automat」などの作品を残しているが、同じ都会の疎外感でもやはり生きている時代が違うと切りとられる風景も温度湿度も変わってくる。

最後に、誤解なきよう付け加えておくと。
カメラや光学機器を利用した絵がすべてNo!って言っているわけじゃなく。
そーじゃないとフェルメールまで否定することになっちゃうからナー。
あのDavid Hockneyが研究成果をまとめた「Secret Knowledge」(日本語版は青幻社)は、そのあたりのことを解明したおそるべき本で、カラバッジョやベラスケスの「まるで生きているような」表現の成り立ちがよーく分かるようになっており、当方のかための頭脳を大いにモミモミしてくれたのであります。
「巨匠も用いた知られざる技術の解明」という副題は、ウソじゃないから。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

11 16, 2008

ナンシー関ならどう言うだろうか

R0010916_2

たまたま札幌で「ナンシー関 大ハンコ展」のポスターを目にして、札幌PARCOの会場(どーやら巡回展らしく東京でもやっていたみたいですが)に行ってきました。
ステッドラーの消しゴムにペンシル型のカッターナイフで彫りこんだ消しゴム版画の原版5,000点。

髪が乱れている和服姿の中村玉緒の横顔には「もう慣れっこですやさかい」の文字。
それに対して、勝新は「すまん、玉緒」と、座頭市姿で目をつぶって手を合わせている図。
落款は「ナンシー関謹彫」。
すごい人ですねー。
たったこれだけのコトバで、なんだかこの夫婦の誰も知らない、というか半分くらい知っているドラマが浮かび上がってくるような。

軍事評論家江畑謙介には「まだまだ続きます」のセリフ。
タートルネック姿もクールな五木寛之には「トックリは文学なのだよ」。
神田うのには、なぜか「処世術」という3文字。

絵もうまいが、短いコトバにこめられた批判精神。
洞察力。
核心をつくもの言い。

彼女の履歴書も展示されていました。
そのなかで気になったのが「得意学科目 ロシア文学」という項目。
そーいえば、ロシア語同時通訳の米原万里も50代半ばで亡くなっているが、
彼女もまたものごとの本質をちゃんーんと捉えていたような。
-----「ソ連の作家はどうしても生きている間に伝えたいことがあって本を書いているんです」。
出版社の編集から「次も売れる本を書いてくださいね」と言われている日本のもの書きが、彼女のセリフが気にならないようであれば、はやめに退場されたほうが紙資源の無駄遣いにならないかもネ。
ナンシー関も、米原万理もいなくなって、あとは上野千鶴子に長生きしてもらうしかないかなー、って。

いまのテレビがこれだけおもしろくなくなっちゃった原因は当方としてもまったく不明だが、気がつけばテレビを批評する人たち、たとえばTBSを辞めてテレビマンユニオンを産み落とした萩元晴彦とか、このナンシー関とかの不在が関係しているのか。

なんだかとりとめもなくなってきたが、最後に。
彼女が書いたテレビ番組評論(コラム)のさわりだけ。
「平成6年のこの年、「笑っていいとも!」について語ることは「無意味」である。その「無意味」はNHKの朝の連続ドラマに共通すると私は思う。意味は喪失しているのに機能だけ残っているのだ」。
こんな風に書けるヤツはめったにいない。

追伸。
リリー・フランキーとナンシー関が対談している「小さなスナック」っていう言いたい放題の文庫本(文春文庫)の「あとがき」が結構泣かせてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

11 08, 2008

5枚目のワイエス展チケット

Rr0010901

いやぁ、久しぶりに滝に打たれたような清新な気分。
といっても、一度も滝壷に入ったこともない人間が言うのもナンナンですが。
渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムの「アンドリュー・ワイエス」展。

当方が最初にワイエスを知ったのはいまから30数年も前のこと。
1974年4月、竹橋にある国立近代美術館へたいして興味も持たずヒマつぶしにでも行ったんでしょうな。
そこで初めて接したワイエスの冬枯れた作風。
これって、毎日ステーキ食ってるアメリカ人の絵なの?
(スミマセン、あのときボクは若かった~)
なんか、こたえました。
とくに感動的だったのが「ちん入者 The Intruder」という大作。
暗い森のなかに野生動物の動きを感じて、ジッと聞き耳を立てる白い犬。
文字にしちゃうとちっともドラマチックじゃないんですが、
その作品の前でしばし時間を忘れた記憶があります。
それからというもの、気がつけば、
1978年10月、三越本店
1988年3月、世田谷美術館
1995年4月、Bunkamura ザ・ミュージアム、と
「ワイエス」と名がつけば馳せ参じる「追っかけ」男に。

今回は「創造への道程」という副題が言い訳しているように、けっして「ワイエスのすべてを見せちゃいます」的な美術展ではなく、画家の考えていたことや価値観などを作品の前段階に表れる習作やスケッチを通して見てみよう的な企画になっていて、それはそれで当方のようなシロートに毛が生えたような状態のファンにとっては「ナルホドネー」を連発できる構成になっておりました。
とくに画家の家の隣に住むけっして裕福とはいえないオルソン家の兄妹や季節労働者などへのやさしい目線を再確認できて、ホントうれしかったなー。

会場入口にはBruce Weberが撮った画家の精悍なモノクロ・ポートレートが飾られておりましたが、撮影は1983年のもの。
おなじ会場内には今年の夏、画家にインタビューしたビデオも流されておりましたが、現在なんと91歳。
さすがに、15年前の写真にあるような農民のように風雨にさらされた顔つきではありませんでしたが、この先どんな作品を残してくれるのか、期待したいところ(ジョージア・オキーフは晩年かなり思い切った転換をしています)。

金曜・土曜は夜9時までやっているので、混雑が苦手なかたやお忙しいかたは夜7~8時の入場が狙い目(~12月23日)。
おなかが減ったら、帰りがけに8階にあがってイタリアンTANTO TANTOで釜焼きピザでも。
ここもケッコウいけまっせ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »