2016/02/14

12年の歳月をかけて作られた樹木図鑑の凄み

個人的な話で恐縮です。
当ブログでは、いままで美術展やその町その町の表情などアートにまつわるいろいろなことをご報告してまいりましたが、今回は主客逆転、当方が企画しているイベントのご紹介。

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3月18日(金)から10日間、六本木のギャラリーで「北海道主要樹木図譜展」という展示会を開催いたします。
ま、あまり関心のないかたもいらっしゃるとは思いますが、じつは大正時代につくられたすばらしい樹木図鑑の図版を観ていただこうという企画。
写真のように一樹種につき一枚の写生画があり、全部で85樹種分製作されております。
大きさはA3判程度の大きなもので、石版画、つまりいまでいうリトグラフなんですね。
これが緻密、かつとてつもなくアーティスティック。
樹木図鑑ですから、あたえられたスペースのなかに葉・枝・実・花・芽・根などの詳細な描写図を学術的に散りばめて生まれたものなのですが、出来あがって見れば、あたかも最初から一枚の芸術作品、一幅の絵として企図したのでは、と思わせるような仕上がりになっているところがポイント。

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ただし。
出来ばえが美しいだけじゃない。
もとは林業育成や教育・啓蒙のために、当時の北海道庁が北海道大学教授宮部金吾らに依頼して製作されたものなんですが、ちょっと現代の常識では想像もつかないようなエネルギーと歳月が投入されています。
委託したのが大正2年(1913年)、最初の印刷物が世へおくりだされたのが大正9年(1920年)、その後少しずつ樹種を増やし、最終完結したのが昭和6年(1931年)。
構想8年、刊行12年、つごう20年。
効率優先、生産性・利益率がもとめられるいまの時代にあっては、稟議書だって門前払いの案件でしょう。

映画「舟を編む」では、国語辞典編纂に地道な編集と長い時間がかけられている様子が描かれておりましたが(ピース又吉もチョイ役で出演しておりましたネ)、おそらくはそれよりもさらに過酷、あるいは情熱的な作業ではなかったか、と推測されます。
時代の勢いもあったのでしょうが、世界に冠たる図鑑を作ろうという信念と意気込み。
それもあってか、製作チームの一人助教授工藤祐舜は完結の翌年に、画工須崎忠助は完結の2年後に他界。
作家池澤夏樹は「男子一生の仕事」というタイトルで、制作者がこの作業にささげた人生を清らかな一文にまとめられています(「池澤夏樹の世界文学リミックス」河出書房新社)。

展示会の詳細は以下のとおり。
3月18日(金)~27日(日) 11時~19時 入場無料
六本木ストライプスペース(港区六本木5-10-33) 
地下鉄六本木駅3番出口から徒歩4分 芋洗坂をおりて六本木中学の正面

また、開催資金捻出のため、クラウドファンディングというネット時代ならではの手法を採用。
もしご賛同いただけるようでしたら、以下のサイトからご支援をいただければさいわいに存じます。
https://readyfor.jp/projects/zuhu

ちょうど北海道新幹線開業時期とも重なります。
新幹線のニュースをご覧になったとき、このイベントを思い出していただければ、ありがたく。
みなさまのご来場をお待ちしております。

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2016/01/10

たしかに「クルマは究極のモバイル端末」

年々歳々、師走・正月らしさが薄れてゆくのをさびしく感じておりましたが、今年は休みが短かったせいもあり、ことさら「特別感」が低下したような印象でして。
「昭和は遠くなりにけり」ですな。

と、過去ばかり懐かしんでもいられない出来事に新春早々でくわしました。
どこのメーカーのおえらいさんも年頭の訓示では申しあわせたように「革新」とか「変革」とか連発されていたようですが、なんのことはない、そうありたいという希望的な目標なんでしょうけれど、残念ながら時代を変えてゆくに違いないと思わせたモノはiPhone登場以来、お目にかかったことがない。

でも、コイツには「革命児」という称号を与えてもいい、と思いましたね。
その名は「テスラ」。
電気自動車(EV)です。
いやぁ、それならお隣さんの「プリウスPHV」も毎晩コンセントを接続して充電してるし、めずらしくもなんでもないじゃん、という声も聞こえてきそうですが、助手席に座らさせていただき、その走行を体験したとたん、わが思考回路の旧態依然なあわれな姿を再確認することとなりました。

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停止から発進。
その加速感たるや、大排気量のモーターサイクルなみ。
しかも無音。
Sound of Silence。
いくら静粛性を謳うレクサスやドイツ製高級サルーンにしても、エンジン内で爆発排気運動していることは変わらないのですから、それなりに室内に回転音が侵入してきますが、こちらにはそもそもエンジンがない。
しかも、後輪に主モーター、前輪に補助モーターが与えられているという説明の通り、前後のピッチングなくアスファルト上を水平に超低空滑空するようなイメージ。
当然、室内は同乗者たちの歓声と興奮で燃え上がり・・・・。

運転席にはオフィスでも見かけないような大型17インチの縦型タッチパネルディスプレイが奢られ、車体の状況からナビまで一目瞭然。
プログラムをヴァージンアップすれば、機能が更新され、すぐに時代遅れのクルマになってしまうという悲しさもない。

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日本ではショールームが東京青山に一軒あるのみ。
購入手続きは個人のPC上から。
ボディカラーや内装だけでなく、さまざまな機能的オプションを選択し、送信ボタンをクリックすれば、あとはあなただけの1台が横浜ふ頭に到着するのを待つだけ、とか。

航続距離とか給電設備とか、まだまだ課題はあるにしても、こういうクルマならPanasonicだって、下町ロケットの工場だってかんたんに作れるのではないか、というのが所有者の感想。
ちなみにオーナーN.M.氏は根っからの走り屋で、以前の愛車は数年前のポルシェ。
そんなポルシェさえ古い、かったるいと思わせてしまうところに「テスラ」の革新性が見えるのでは。

ダビデとゴライアス(ゴリアテ)の話が思い浮かびます。
羊飼いの少年ダビデは身の丈3mもあろうかという巨人ゴライアスを投石器を一振りして倒してしまう。
先進諸国の基幹産業ともいえる自動車メーカーが、投石器に代わる新しい思考をもったダビデたちの挑戦をどう受け止めるのか。
もはや巨大であることも、輝かしい歴史を持っていることも、なんの役にも立たないのではないだろうか。
そんなことを感じさせてくれた恐るべきプロダクトですね。

なんだかタイヘンな時代になっちゃったなー。


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2015/12/25

北の街でもハッピー・ホリデーズ

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年末のあわただしい時期に札幌へやってまいりました。
今年は本州のスキー場も雪不足で関係者のため息ばかり聞こえてくるようですが、札幌もこの季節らしからぬ雪がきわめて少ない状況でした。
「死ぬまでにいちど雪が降っているところを見てみたい」と遠路はるばるやってきた東南アジアからのお客さんたちには少々気の毒な景色ではありますが、財政が潤沢とはいえない自治体にとっては除雪費の捻出に頭を悩ませなくてもいいラッキーな日々なのではないでしょうか。
(しかし、この記事をアップする25日午前から一転激しい降雪、帰京便の欠航を心配する羽目に)

さて、札幌大通り公園の一角。
「ミュンヘン・クリスマス市」なる催しをやっていました。
この季節ヨーロッパへ行くと、たいてい市の中心部の広場でクリスマスを祝うオナーメントやらロウソクなどを屋台風の小屋で売る「クリスマスマーケット」に出くわします。
東京でいえば羽子板市や松飾りを売る屋台の集合体みたいなもんだと思っていただければ。
でも、ここの盛りあがりかたは半端じゃない。

クリスマスの飾りのお店から、ミュンヘン自慢のソーセージやビールなどの食べ物のお店など、にわかづくりの販売店がひしめきあい、それに負けじと大勢の札幌市民や異国の観光客たちが押すな押すな。
マトリョーシカを売っているお店はロシア人のおねーさんが、トナカイの毛皮1枚18,500円を並べているお店はフィンランド美人が、キリムを山積みしていたお店はトルコのご婦人が、そしてビールや肉類を売っているお店はドイツ人のたくましい男たちの「インターナショナルなおもてなし」。
いやはや、寒気なんて、どこ吹く風。
写真にもあるようにホットビールなんてしろものも売られていて。

似たような催しは東京の六本木ヒルズでもやっておりましたが(クリスマス・マーケット2015)、大通り公園のほうはもう14回目だそうで、コドモとオトナの違いくらいありそうな集客力&胃袋。

そういえば、最近アメリカでは「メリー・クリスマス」とは言わず「ハッピー・ホリデーズ」と言うんだそうですね(天声人語)。
「♪ I'm dreaming of White Christmas~」が「・・・・White Holidays~」に変わる日は、いつ。


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2015/12/19

世界の中心で「酒ッ!」と叫ぶ

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青山・骨董通り。
ここはそれぞれが自己主張しているようで、どこかいい雰囲気でまとまっているお店がつらなり、ブラブラするには格好のエリア。
当方が敬愛してやまないお店の筆頭は骨董通り古参の「もりた」かなー。
品のある老夫婦が探してくる品々は古美術一歩手前の古民具やら作業着の裂やら。
そんなところにポツンと素朴な木彫りの仏像が置かれていたりして。
いいんだなー、これが。
じつはここではいちども買い物をしたことがないんだけれど、気持ちよく対応していただけるのも、このお店の品格を感じさせてくれる大きな要素。

最近やたら行列が目立つのは新参横文字組。
「Clinton St. Baking Company & Restaurant」というパンケーキのお店。
「Granny Smith Apple Pie & Coffee」というアップルパイ専門店。
ま、ほとんどスイーツ女子に占領されているけれどね。

当方ご愛用のカフェは裏道にある「TOQUIO」。
目立つことを嫌っているかのような小さなお店。
ひとりとして客がいないこともしばしば。
この貸し切り状態、都内ではとても貴重です。
オーナー手作りのケーキを買って帰ることもあり。

で、前振りが長くなりましたが、本日のお題。
やはり骨董通りからちょいと路地を入ったところにある北欧家具メーカーのショールーム。
正確には輸入代理店が運営しているお店なんだけれど、ここでとんでもないお宝を発見。
なんとショールームの壁に無造作に掲げられていたのが上記写真の一枚。
鴨居玲「酔っ払い」。

今年、東京ステーションギャラリーで「鴨居玲」展をやっていたのを知りつつ見逃していたのですが、こんなところでお目にかかれるとは。
こちらの作品は本作の前のデッサンという位置づけらしいのですが、鼻を赤くしたオッサンが盃を口に近づけている。
ほんとうの酒飲みというのは盃を迎いいれるとき一瞬笑顔にも似たうれしそうな表情を見せるものですが、このオッサンも顔の筋肉からも、全身からも見事にチカラが抜けている。
おまけに、すでに前傾気味で、カラダの中心軸がゆっくりと回りだしている。
背中を指でかるく押すと、上半身は前のめりになってグラスの縁が鼻にあたり、その勢いでアルコールが顔面に飛び散り、膝から崩れおちることになるが、右手のグラスを手放すことはできない。
それゆえ、左手だけでは支えきれず、したたか顔を地面に強打することになる。
画家はそんな酔っ払いにひどく愛着を感じていたらしく、何枚もの作品を残している。
どこかゴヤの作風が匂うのは、スペイン逗留が長かった影響か。
57歳でガス自殺。
おそらくはとてつもなく熱く、かぎりなく人間臭い人生。

このショールームはほかにも気鋭の現存作家のクールな大作が掲げられておられます。
こちらは見てのお楽しみ。

忘年会真っ盛り。
酔っぱらって駅のホームから転落する事故が絶えない、と鉄道会社のポスターが注意を呼び掛けています。
ご同輩、ご自愛のほど。


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2015/12/01

京ことばは消えゆく無形文化財

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いつだったか、たまたまテレビで「京都人の密かな愉しみ」という番組に出会って、NHKもやるじゃないか、と会長職に座った人物の人となりはさておき、個人的にはおおいに株をあげさせていただいたことがありました。
しかし、これがいまどき不思議な番組でして。
いままで数本放映されたらしいのですが、そのすべてが不定期。
いつやるとも約束されていなく、いつ再放送するかもアナウンスされていない。
媚びていない、というか。
商売っ気がない、というか。

で、仕方なく新聞の番組欄からBSプレミアアムのところを斜め読みして探索することになるわけですが、毎日かならず実行できるほど律儀じゃないところが生まれもった性格の残念なところ。
見逃す、見逃す。
なかなかお会いできないですねー、という状況が続いておりましたが、ついに11月28日(土)夜、再放送をやっているのを捕まえました。
だが、これがなんと「怪談編」というしろもの。
真夏の出しものを11月末に放映する神経も尋常じゃありませんが、なに楽しませていただきましたヨ。

当方がこの番組を評価する点はふたつ。
「ブラタモリ」に見られるような地層学的な、あるいは伝統文化的な知恵が背景にひろがっていること。
「とっておきの京都」とか「ぶらり京都」みたいなお手軽観光ガイドは、もうお腹いっぱいですからネ。
もうひとつが、京都弁。
俳優陣がこれだけきれいな京ことばを使いこなしているなんて、驚きでした。
監督も相当こだわりをもって作っているんだろうな~、と思わせる仕上がり。
主演の常盤貴子は、神奈川生まれみたいだし。
みなぎょーさん稽古してくれはったさかい(さんまなら「みんなえろー稽古したんちゃう」かな?)。
以前、サントリーのお茶のCMで女優さんが喋っていたセリフは京ことばじゃなく、京都弁風東京弁。
岸部一徳に教えてもらったら、全然ちがったのに。

「源氏物語」の朗読は京都生まれの人に読ませるといちばん上手に聞こえるんだよね、と言う目利き(耳利き?)もいる。

ところで、この「怪談編」を観ていたら、奇遇というか、シンクロニシティというか、なんと前回アップしたブログ記事のポスター写真の女性が起用されているではないか。
髪型もいっしょ。
失礼ながら不勉強でこのわかい女優さんの名前を特定することはできませんが、なんだか不思議なきぶんになりましたね~。

やはり、怪談のなせるわざ、か。

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2015/10/02

司法書士は愛に飢えているか

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あるお堅い事務所で見かけたポスター。
おおきな文字で、「好きです 司法書士」。
日本司法書士連合会というやはりお堅い組織が発注主のようですが、なんか不自然。
いったいだれに対して、なにを言いたいのか、当方のような凡人にはさっぱりわからないッス。

心理学の世界では「承認願望」ってヤツがあるらしく。
だれしも世間様に認めてもらえないと、生きていくのがつらくなる。
べつに第三者じゃなくても、親だっていいし、恋人だっていい。
とにかく「あなたを認めてます」ってコトバや身振り素振りが必要なんだとか。
(このあたりの事情は勢古浩爾著「わたしを認めよ!」に詳しい)

だれも関心をもってくれない。
だれも「いい」って言ってくれない。
でも、司法書士の世界だけじゃない。
日本という国も愛に飢えていたんでしょうね。
「好きです 日本」「日本人って、スゴーイ」みたいなテレビ番組の増えてきたこと。
ついこの間まで「日本は特殊ですから」と伏目がちに言い訳していた日本人が、急に「自信もっていいんですよ~」的なノリになってきている。
世界に承認された日本!
なんか、だれも言ってくれないんで自分で言っちゃいますみたいな感じがしないでもないんですが、どうなんでしょう、香山リカさん。


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2015/09/27

駒込で三菱の奥深さを知る

用あって駒込へ行ってまいりました。
当方、このあたりは土地勘がなく、ただウロウロするばかり。
でも、なだらかな起伏がつづく坂道の多い土地柄といい、木々の緑の濃さといい、家々の落ちついた佇まいといい、よき日本の面影が感じられるエリアですね。
「谷根千」森まゆみがこころ寄せる気持ち、わかるような気がします。

六義園(りくぎえん)。
以前からその名前を聞きおよんでいたものの、どこにあるのか、どんなところなのか、まぁどーでもいいけど、という感じでしたが、山手線駒込駅からほんの数分の距離にあるんですね。
三菱創始者岩崎弥太郎が維新後、没落した諸大名から買いうけた広大なお屋敷のひとつだそうで。
(戦後困窮した旧皇族から土地や別荘地を買いあつめた西武の堤康次郎とイメージがだぶりますが、岩崎の場合は「お国のため」だったとか)。
東京にも兼六園のような本格的庭園が残っている、という驚き。
池あり、山あり、茶屋あり、藤代峠という名のついた峠道まである。
桜の頃もいいでしょうね。
もっとも運動会だったのか、隣接する女子高のスピーカーから流れてくるにぎやかな音楽が、いまいち風情をそこねていたのが残念。

この六義園から歩いて5分のところに「東洋文庫」がある。
じつはこちらのことも同様によく知りませんでしたが、「ダブル・チケット」なるものが六義園入口で販売されていたものですから、興味半分、ついでにチェック。
で、分かったのは、この東洋文庫も岩崎弥太郎から三代目の岩崎久彌が設立したものだとか。
「東洋学」の分野では世界で五本の指にはいる図書館だそうで、蔵書100万冊。
すべて閉架式なので、受験勉強で利用します的な図書館ではありませんが、2階にあがって圧倒させられたのがこの光景。

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「世界の美しい図書館」とか「世界の夢の本屋さん」とかの豪華写真集に登場してくるようなシーンではありませんか。
説明を読むと、オーストラリア人ジャーナリストG.E.モリソン(1862-1920)がロンドンタイムズの北京駐在通信員として滞在中、主として欧文で書かれた東洋に関する書籍24,000冊を収集。
そのコレクションを岩崎久彌が現在の価値にして70億円で一括購入、東洋文庫の目玉にしたらしく。

ジョサイア・コンドルによる池之端の旧岩崎邸&庭園、世田谷の静嘉堂文庫、品川の開東閣、丸の内の三菱一号館美術館も、岩崎一族&三菱。
ちゃんと時代をこえて残るものを生みだし、維持している懐の広さにはアタマがさがります。
ひるがえって、堤の西武は息子たちの時代になって、一時期WAVE、セゾン美術館、アールヴィバン、リブロなど、ずいぶん文化活動に注力したものの、金の切れめが縁の切れめ、いまやかなりさみしい状況に。
堤兄が居住していた北条坂の格式ある西洋館米荘閣(べいそうかく)はとうに売りはらわれて息苦しいマンションに変わり、茶室もあった堤弟の高樹町自邸はいまや更地に。
堤康次郎と似ているといわれた五島慶太の東急だって、Bunkamuraや五島美術館など、いまだに太っ腹な旦那ぶりを発揮しているというのに。

六義園&東洋文庫から、またまた脱線。
でも、岩崎弥太郎以下三菱の人たちへ受け継がれたDNAは、東京の文化環境に大きく寄与してくれていたんだなー、とあらためて認識させられた駒込小旅行でした。


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2015/09/13

わたしの名前を教えてください

私事で恐縮です。
シゴト(のようなもの)の関係で札幌へ行くことが多いのですが、ここ数年はそのむかし芦ノ湖や中禅寺湖で親しんだトラウト・フィッシングを北海道の湖で再現しようと、出張計画をやりくりして参戦しております。
なにせ関東の湖は「さかなの数より人間の数のほうが多い」とあきれられるほど、混んでいる。
とうぜん、釣れない。
釣れたとしても、養魚場からトラックで搬送されてきた養殖ものがほとんどで、せまいプールで押し合いへしあい育ったせいか鼻先や尾ひれ・背びれがこすれて白くなっているし、野性的なファイトもない。
御大開高健なら、きっと「魚品がない」と見向きもしないかも。
その点、北海道の釣りはスーパーAクラス。
人が少ない。
トラウト類もほとんどがネイティブ。
景色も雄大。
アラスカやニュージランドへたびたび遠征するような猛者たちも、いちど北海道を経験すると「もう海外へ行かなくてもいい」と言いだすらしい。
ニセコのパウダースノーと一緒ですね。

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ところで本題は、9月初旬の釣行で撮った上2枚の写真。
じつはこんな種類、いままで見たことがないのです。
やや緑色の背中に黒い点々が浮かんでいたり、体側に赤みがかった帯状のラインが入っているところは誰がみてもレインボー(虹鱒)そのものですが、体側から腹部にかけての下半分にはレインボーにはない細いストライプが10~20本。
写真を拡大してみると三角形のうろこが「すずき」のようにライン状に並んでいることが分かる。
長年地元で釣りをしている人にも写真を見てもらったのですが、「なんなんですかねー? ? ? 」。
体長約40cm、ヒットしたのは水面下約5m。
すぐにリリースすることにしているので、手触りや白身なのか赤身なのか、不明。

ちなみに以下の2枚は同じ日に釣れた本家レインボー。
体側の赤い色はほとんど消えていますが、ストライプなんてどこにもないでしょ。

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東京に帰って、Google画像検索をかけたり、淡水魚図鑑を調べたりしたのですが、いまだよく分からず。
ヒメマスやシナノユキマスの変種なのか。
あるいはどこかの研究施設から脱走してきた新種なのか(最近は各地の養鱒場でかけ合わせが盛ん)。
はたまた、突然変異 ?
アメリカにはストライパーという、その名のごとく魚体にストライプが走っているルアーフィッシング対象魚がいますが、こちらはバス属のようだし。

どなたかご存知のかた、いらっしゃいませんか。

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2015/09/04

ただのアウトドア冒険譚とはちがいます

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ちょっと気になっていたマイナーな映画があって、新宿伊勢丹脇のちいさな小屋でみてきました。
「わたしに会うまでの1600キロ」(原題は「WILD」)。
邦題が「自分探ししている女性はみてネ」的な商売根性まるだしな印象があり、「ま、だまされたと思って・・・」程度のノリで出かけたのですが、どっこい、これが思いもかけず「あたり」でした。
本日夕刊の広告にも「満席続出!」「大ヒットにつき、劇場が増えます」と、うれしそうなフレーズが踊っていたぐらいですから、好調なんでしょう。

離婚した女性が、その傷をいやすために、こころの空白をうめるために、なにをしたか。
それはアメリカ西海岸の砂漠・山岳地帯を南北に走るパシフィック・クレスト・トレイルをひとりで踏破すること。
題名にもあるように、歩いた距離はなんと1600キロ。
直線距離でいえば北海道北端から九州までに匹敵する道程を、テントや食料などをつめこんだバックパックを背負って、約3か月の苦行。
実際にあった話を映画化したようで、エンドロールには原作者である彼女のポートレート写真が紹介されていました。

バックグラウンドに使われているメインの曲はサイモンとガーファンクル「コンドルは飛んでゆく」。
「クギになって打たれるよりハンマーになりたい そうさハンマーにね」
「街に住むより森に住みたい そうさ森にね」
歌詞の意味するところは不明ですが、字幕にはたびたび登場。
でも、その分からなさが、「ただ歩くこと」とぴったりあっていたような。
ケーナの素朴な音色も、あっている。

歩くこと。
ただひたすら歩くこと。
日本では四国八十八箇所お遍路をすぐに思いうかべますが、仏教者の山岳修行、修験道、千日回峰行などもあるし、民間では蟻の熊野詣で、お伊勢参り、富士講、あるいは奥の細道など。
チベットにはカイラス山への五体投地もある。
スペインには「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」という約800キロの巡礼の道もある。
だから「歩く」を選択したことについて、意外性はそれほどない。
あるとすれば、それが「なんで、いまの時代に・・・・」ということか。

「歩行禅」というコトバもありますが、無心に歩くことは座禅とも近いものがあるのでは。
「座禅をすると何かいいことがありますか」という問いに、禅僧は「座禅なんかしても何にも得るものはない」と涼しい顔をして答えるでしょう。
そのくせ自分たちは一日も欠かさず、生涯座禅を組んでいる。
おそらく彼女が求めた試練も、そーゆーことに近い場所に位置しているような。

自発的に、積極的に選んだ選択肢が「歩きとおす」ということ。
そして映画では90日間の旅のゴールに、彼女はなにかを掴んだように描かれています。
でも、数十年後、ある年齢になってそのとき、「もしかしたら、もっと大きな力に動かされて、自分はただ歩かされていただけだったのかも・・・・」という感想をいだいたとしても、不思議ではない。

そんなことも考えさせてくれる、ちょっと精神的な深みをたたえた秀作でした。


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2015/08/14

「ふだん着」のニコタマと「よそゆき」の二子玉川

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「新しくなった二子玉川」話がちょくちょく耳に入り、どんな様子か見てくるか、という軽いノリで行ってまいりました。
駅舎も変わりましたね。
以前は改札口の横っちょに平屋建ての生活臭ただよう東急ストア(スーパーマーケット)があったような記憶がありますが、すでに現代的な低層ビルへと変身済み。
そして渋谷へ向かって右(東側)へ向かえば、「二子玉川RISE(ライズ)」のショッピングモール、オフィス棟、住居棟がモダンないでたちで現れてくる。
大きな人の流れもできている。
まさに人工的都市計画の街。
これだけ広大な敷地、以前は何?と家人に聞いたところ、答えは二子玉川園遊園地だったとか。

当方、六本木ヒルズ、ミッドタウンなど再開発されたところは、どこも肩がこりそうな感じがして苦手なのですが、TSUTAYAがここに「蔦屋家電 TSUTAYA ELECTRICS」なるお店を出したということで、それだけはチェックしておきたかった。
で、その感想はというと、「さすが、やるなー」。
代官山「蔦屋書店」も当初は驚かされましたが、代官山や地方での経験をリファインさせ、なおかつ新機軸を盛り込みました、という印象がありあり。
ArflexやAppleの店舗との境い目がなく、ファミマやスターバックスとも微妙に融合している。
もちろん店名にもある家電製品は、たとえば料理本コーナーの向こうに調理家電製品が配置されている、といった具合に、お上手&したたか。
代官山の蔦屋に比べると、椅子席・テーブル席がさらに多く配置されていて、こんなにお客さんを自由にさせちゃっていいの?と心配したくなるほど、人また人であふれかえっている。
適度な照明といい、グリーンの配置といい、売っているモノといい、こんな本屋は世界中どこを見回してもないんじゃない?。
ワンダーランドとはこのこと。
(考えてみれば、規模や時代は違うけれど、このごった煮感はVillage Vanguardがその源流と言えなくもない)

おなかがすいてきたのでどこかでメシをと思ったが、RISE内の飲食店はどこも絶望的な長蛇の列。
そこで駅の西側、つまり高島屋(タマタカ)裏あたりにむかしから小さな店がいくつかあったことを思いだし、すきっパラを抱えて、246号(玉川通り)を横断。
いやぁ、なんかホッとしました。
新市街(Neue Stadt)と旧市街(Alte Stadt)の違い。
歩行者と車が危なっかしげにすれちがう狭く、くねった道。
雨に濡れたマンホールの蓋。
舗道の敷石もガタピシ。
でも、どこかぬくもりやなつかしさが漂っていて、ふるさとに帰ったような気分、とでも言うんでしょうか。

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「古い家がない町は想い出のない人間と同じです」

東山魁夷のコトバです。
べつにRISEを否定しているわけではありませんヨ。
ともすれば「よそゆき」になりがちな新市街の空気をやわらげているのは「ふだん着」の旧市街なのでは。
と、かように感じた次第。

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