2012/01/24

デジタルは手書きの記録に勝てるだろうか

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今和次郎(こん わじろう)。
あまり知られた名前ではないので、興味のないかたも多いとは思います。
当方はそのむかし、この人の「考現学」という変わったタイトルの文庫本を買った手前、覚えていただけなんですが。
「今和次郎 採集講義」展 (パナソニック電工 汐留ミュージアム)。
展覧会としては、地味。
だけど、よかった。
デジタル社会のスピード感に辟易されているご同輩に、おすすめの一品。

といっても、この人が何者であるか説明しなくてはいけませんが、これはこれで難題。
ま、この展覧会をご覧いただくのがイチバンなのですが、「考古学」に相対する「考現学」というジャンルを勝手にうち立てて、自分が生きている社会の記録をとりまくった人物、とでもいいましょうか。
学者のようでもあり、芸術家のようでもあり。
絵というか、スケッチは、プロなみ。
また、ユーモアやおかしみを解する肩のチカラの抜けたキャラ。
明治21年弘前市生まれ。
働きざかりのときに関東大震災に遭っている。

関東大震災直後、にわかづくりの掘っ立て小屋や仮設住宅が東京のアチコチに建ちはじめたのですが、都市景観を損ねかねない状況に危機感を抱いたのか、今が中心となって「バラック装飾社」という会社を立ち上げている。
そのチラシのコピーがいさぎよい。
「バラックを美しくする仕事一切」。
先のことより、今のこと。
銀座の現伊東屋あたりに「カフェ・キリン」なるキリン系ビヤホールが急造され、その看板も任されている。
建物の左右に大きなキリンが向き合う構図。
なんか人生を楽しんでいる感じなんだなー。

田辺茂一のすすめもあって、新宿の紀伊國屋で「しらべもの展覧会」なるものも開催している。
全部で53点のしらべもの。
たとえば「井の頭公園花見人分布図」。
たとえば「深川猿江町大工サン一室物品調べ」。
「茶碗のワレ方」なんていうの調べている。
ポリシーとかコンセプトとか、生産性とか、ワシラ関係ありません。

この人の弟は、今純三という東北では知られた画家。
会場にも3点ほどモノクロ・エッチングが展示されておりましたが、「奥入瀬渓流」「青森県画譜」など、故郷青森の風景を描いたすばらしい銅版画をたくさん残している。
(石版・銅版100枚の昭和9年発行「青森県画譜」は今でも古書店で手に入るが、ちょっと手が届かない)

ところで、「今」という姓、なかなかお目にかからないですよね。
「街道を往く」のなかで司馬遼太郎が「金(こん)」という姓にふるくから関心を持っていたと語っているくだりがある。
「やがて金姓は、ほとんど今姓になった。いまも青森県では、今姓はめずらしくない」(オホーツク街道)。
今東光しかり。
ただし、ピンキーとキラーズの今陽子は芸名だそうな。

話がそれました。
記録することの意義、意味を再考させるような企画。
デジタルにはない、アナログの記録の、あたたかさ。
EvernoteやiPadばかり目を向けていないで、鉛筆を持ちましょうよ、と誰かが耳元でささやいたような気がいたしました。


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2011/12/31

TSUTAYAではなく蔦屋

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久しぶりにいい刺激を受けました。
文化が成熟度を増すと、こういうカタチの本屋もできてくるんだなー、と。
代官山の山手通り沿いに生まれた「代官山 蔦屋書店」。
晴天の大晦日にチェック!
(秋元康さんも散歩してました)

六本木ヒルズができたとき、けやき坂のイチバン下に開業したTSUTAYAも新刊書や学習書などは見向きもせずにクリエーティブな本や写真集などを揃えてその営業感覚の大胆さには脱帽という感じでしたが、このときは先行者に「青山ブックセンター」という大先輩がいた。

しかし、新しい代官山のお店はいかな青山ブックセンターが猛追しようと箱根の上り坂を一気にごぼう抜きにしちゃう「山の神」のように抜きんでた存在に登りつめた印象があるが、どうだろう。

粗く挽いた板張りフローリング。
重厚なウッドシェルフ。
明るすぎない落ち着いた照明。
広い敷地に低層の建物3棟が2階の渡り廊下でつながれている。
(ヒルサイドテラスとともに低層の建物の魅力が再認識できる場所としても評価されてしかるべき)

本の品揃えは美術・写真・建築・デザイン・料理・クルマ・映画などに重点が置かれ、文芸書・人文関係はそれなりに。
「Car Graphic」「新建築」「レコード芸術」「平凡パンチ」など雑誌のバックナンバーもよくこれだけ揃えらたなー、と感心するほど集まっていて、2階の存在感あるカフェで手にとって眺められるようになっている。
(1階の売り場でも販売してたりもする)

コンセプトは「大人×TSUTAYA」なんだそうである。
六本木TSUTAYAは若い人たち。
対する代官山蔦屋書店は、オトナが相手らしい。
キャッチフレーズは「本におかえりなさいませ。」だって。

欧米の個性的な書店を取材して美しい写真とともに紹介している「世界の夢の本屋さん」という大型本があるが、
死ぬまでに一度は行ってみたい書店ばかり。
でも、日本にも「代官山 蔦屋書店」という誇るべきブックショップがある。

なんだか気のめいるような話題ばかりの2011年でしたが、悼尾にこんなボーナスが待っていたなんて。
日本もまだまだ行けそうな気にさせてくれます、ハイ。

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2011/11/04

ピンバッジはミュージアムショップの救世主になれるか

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六本木の国立新美術館。
「モダン・アート、アメリカン ―珠玉のフィリップス・コレクション―」と銘打たれた美術展へ休日に行ってまいりました。

地下鉄の駅で見かけたポスターにエドワード・ホッパーやジョージア・オキーフが大きく取りあげられていたので、
見逃すわけにはいかない、と思い。
ただ、期待を胸に行ったものの、ホッパーやオキーフの展示点数はわずかに3~4点どまり。
これにはちょっと肩すかしを食わされた感じでしたが、文句は言えません。
この展覧会の企画が19世紀後半からのアメリカ美術の流れを概観するという趣旨のためで、早合点したわたしがわるうございました(それならそれでワイエスの1~2点でもお目にかかりたいところでしたが)。

ホッパー作「都会に近づく」はよかったですねー。
地下鉄の線路が都会のビルの谷間に吸い込まれてゆく。
トンネルが暗い口を開けている。
寒々しく乾ききったコンクリートの壁。
ここには田園の清らかさも人間的な喜びのひとかけらもなく。
1946年の作品だそうです。
アメリカは戦勝国として喜びを爆発させていた頃だと思いますが。
ブレのない人なんでしょうね。

冒頭の写真はホッパーの有名作品「日曜日」の一部。
店の前で腕組みして思案している中年男が全体の構図から比べて小さく描かれている、と誰かがテレビ番組で言っておりましたが、たしかに微妙に小さいし、店舗の垂直線がかなり後ろに倒れているように感じました。
でも、ここで注目していただきたいのは、左側の男。
じつは会場出口のミュージアムショップで売っていたピンバッジをパンフレットに差し込んで撮影したもの。
中年男のピンバッジ600円。
いいアイデアですね~。
いつもいつもポストカードやらレターセットだけじゃぁ、ね。
美術展ごとに作品に登場する「有名人」をピンバッジにしてくれたら、コレクターもたくさん生まれてくるんじゃないかな~。
さしづめ広重五十三次四日市に登場する編み笠男なんかもピンバッジになってくれるといいかも。
フェルメールのミルクを注ぐおばさんなんかも・・・・と、想像はどんどんふくらんじゃいます。

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2011/07/31

日本のメガバンクがアートを語る日はいつ

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最終日のアートフェア東京2011。
入口に長い行列ができていて、「最後尾はここ」看板の下に並んで入場を待ちました。
当方が前回ブログで報告させていただいたのが2007年ですから、はや4年も経ったわけですが、この盛況ぶりは予想していなかったなー。
当時は会場も閑散としていて、上海・北京の画廊や現代絵画ばかり(毛沢東や紅衛兵もの)にスポットライトが当てられる時代状況だったような気がしますが、この催しの知名度が世界的に上ったのか、海外からのお客さんも続々。

会場構成は国内国外の画廊や美術商が小さく区切られたブースで自慢の作品を展示して、新しい顧客を開拓しようというもの。
熊谷守一の「猫」あり。千住博の屏風あり。船越桂の木彫あり。江戸時代の春画あり。次の世代を担う若い人たちの現代絵画・フィギュア・立体あり。現代的な陶芸あり。海外作家の作品あり。
ま、何でもありで、コンセプトはいずこ?って感じですが、いまの日本におけるアートの姿をひと目で概観できるベストな場所かも。
これは何も作り手だけではなく、日本のアート愛好者のマーケットがどのように変化しているかを知る絶好のチャンスであるかも知れませんね。
とにかく若い人たちが多かった。
うれしいですねー。
「下流の宴」が広がって暗くなる一方の世の中を想像しがちですが、どっこい光もちょっとづつ見えてきている。
「成長社会」から「成熟社会」への移行に伴う変化がこういうところに現れているような気がしました。

収穫がもうひとつ。
どこかの画廊がエゴン・シーレのリトグラフを出品していました。
エエー、こんなところで本物と出会えるとは。
どこか痛々しい線で描かれた男の顔。
小さな絵でしたが、吸い込まれそうになりました。

この美術展のメインスポンサーはドイツ銀行(Deutsche Bank)。
ここはアートへの理解が深く、本国のサイトを覗くと、アート&ミュージック!のコーナーが誇らしげな顔をしている。
http://www.db.com/csr/en/art_and_music.htm
ギフトショップもあり、指定日にアニメのHappy Birthday Cardを贈れる無料サービスなんかもあったりして、日本の銀行では考えられないようなフトコロの深さ。
一般にヨーロッパの金融関係は顧客層の生活感覚を反映してか、アートをビジネスに不可欠な要素としてとらえているんですな。
スイスで年1回開かれるバーゼル・アートフェアでは、各銀行が競ってお得意さまご案内用のブースを出店しているようで。
美術全集を出版しているプライベートバンクなんかもあったりして。

国際展開が命題となっているわがメガバンクさんも、「アート」をお忘れなきようお願いしたいところですね。

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2011/07/06

逢う魔が時にジョッキを空ける幸せ

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いまどきの暑気払い。
といえば、ビアガーデンでしょう。
クーラー・エアコンも使わないし、あるのは涼風のみ。

ここは横浜スターホテル屋上。
お隣のニューグランドホテルより、少しばかり高い最上階に設けられた客席からは横浜港を一望できるベストロケーション。
すぐそこには大桟橋(クジラのせなか)、ベイブリッジ。
横を見上げれば、営業を中止して久しいマリンタワー。
山下公園につながれた氷川丸の横では港内遊覧船が出たり入ったり。

ビアガーデンのオープンはまだ昼間の延長のように明るい午後5時。
そして日が完全に沈む7時半ころまでの2時間半がベストタイム。
ゆっくりと空の明度がおちてゆく。
ターナーの絵を見るような光と雲。
暑さもやわらいでくる。
こんな時間からジョッキを空けられる幸せは、金持ちならぬ時間持ちの特権。


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2011/06/17

でも過去は僕たちを忘れない

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東京都写真美術館「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」。
久しぶりに背筋を伸ばされた思いでした。

ジョセフ・クーデルカ(Josef Koudelka)はチェコ生まれのカメラマン。
そして「プラハ1968」は、ソ連軍を中心としたワルシャワ条約機構軍が同盟国の民主化の芽生え(プラハの春)に危機感を抱いてプラハに侵攻した歴史的事件。
それまでロマ人の生活を追いかけていたカメラマンはプラハに戻り、何台もの戦車が市の中心部を進駐しはじめたプラハを、人々の表情を、群集を、冷静に写し撮っていたのです。
いまから44年前の、日本から遠く離れた東欧の一国の出来事。
1964年の東京オリンピックで活躍した女子体操のチャフラフスカの存在によって、「プラハの春」は少し耳慣れたコトバになったような気がしますが、それでもすぐに日常生活に埋没してしまう程度の記憶であったような。

しかし、こうして半世紀前の写真を見ていると、自分たちの世代が生まれてこのかた平和裏に暮らせてきたことの「何もなかった有難さとその反対側にある単調さ」と、こういうことがいつなんどき起こるとも限らないという「ちょっとした不吉めいた思い」がないまぜになって、いつになく脳細胞が活発に働いている自分がいるのでありました。
会場はワンフロアだけで、それほど広いとはいえない会場ですが、印象派絵画展などでおなじみの明るいささやき声も歓声もなく、ピアノコンサート演奏直前といった静寂さ。
考えてみれば、プラハ侵攻のドキュメンタリー記録を見ようというかたは、それなりの問題意識をお持ちのかたがたであるはず。
読書をするように、モノクロ写真の前にじっとたたずんでおられました(でも、結構肌に合っている、この空気)。

この写真展で思い出したのが、「戦場でワルツを」という1982年レバノンのパレスチナ難民キャンプで起きた忌まわしい事件を扱ったアニメーション映画。
(アニメとはいえ鳥肌がたつほどコワいが、とんでもなく秀作。TSUTAYAで)
この映画の詳細を説明していると話がそれてしまうので省きますが、そこに出てきた箴言。

僕たちは過去を忘れる。でも過去は僕たちを忘れない。
We may forget the past. But The Past won't forget us.

ブレジネフによるプラハ侵攻は、約半世紀前の過去の蛮行。
それを忘れようとしているときに、あるいは忘れそうになった頃、過去はゆっくりとわたしたちの前に現れる。
人を慰めるとき「時間が解決してくれる」というコトバが都合よく使われたりするものですが、どっこい「過去は僕たちを忘れない、忘れようとしない」のではないだろうか。
44年もたった昔の話なのに、こうした催しが本国以外の場所で開かれる、その重さや意味をはからずも考えさせる写真展でありました。

さて、ジャスミンの行方は?


追記 写真のポスターをご覧いただいても分かるように、主催者にマグナムフォトも名を連ねているこの写真展の原題は「Invasion 68 Prague」。しかし日本題ではInvasion(侵攻)の意味合いがまったく消されているのは何故?もし誰かに遠慮して、あるいは妥協してそうなったのだとしたら、この写真展の意味はどこにあるのだろう。


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2011/05/20

一片の桜の木から生みだされる物語

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2009年の年末、当ブログでちょっと触れた「前川秀樹」という彫像作家の個展が南青山DEE'S HALLという住宅街の裏通り一軒家的ギャラリーで開催されております。

前回は作家の名前も初めてなら、作品も初めて、という素人まるだし状態で臨んだのですが、会場に足を踏み入れた途端、脈拍がちょっと上ったような気がしました。
欲しくなった作品もたくさんありました。
でも、会期末という日程が災いしてか、ほとんどの作品に赤丸ラベル(売約済みの目印)がすでに貼られており、「こういうのを見つけるの、早い人っているんだよなー」と、あらぬ方向に感心したりしておりました。

ですから、今回は気合いを入れて会期初日に行ってまいりました。
はたせるかな、すばらしい作品群。

飯倉ロシア大使館の裏に「ギャラリーウチウミ」というキリスト教美術や骨董を扱う小さなお店が最近できたのですが、そこに置いてあるような古い木彫の人物像(聖母像や大司教像など)、あるいは東京国立博物館表慶館で公開された「踊るサテュロス」(こちらは2000年も海底に眠っていたブロンズ像)、あるいは突如市場に現れたミケランジェロの木彫「磔刑のキリスト」などをほのかに連想させる味わい。
どこかに神話やおとぎ話、伝説などの断片をもぐりこませているような・・・。
作品の素材は桜の木や流木が多かったような気がしますが、感情があらわれた表情・自然なからだの動き・イマジネーション(おそらくは物語性がありそうですが、恥ずかしながら当方はよく分からず)。
そのすべてが高いレベルで結実していて、奥深い。

よく世界的な古典文学は、読むたびに違う解釈が生まれてくる、なんて言うでしょ。
そんな感じですかね。
テーブルに置いた作品が毎日違うことを語りかけてきそうな気がします。

前川秀樹像刻展 「Gwener」 (5月18日~25日 南青山DEE'S HALL)

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2011/05/19

日本が南北に長かったことを喜びたい

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仕事で北海道へ行ったついでに、釣りと花見をしてまいりました。
上の写真は屈斜路湖の日没。
このところ年に2回は訪れておりますが、本州ではみられないスケールの大きな景色に毎度のことながら感動させられる場所。
しかも、観光客やマイカーがわさわさ動き回ることもなければ、スピーカーからのお節介なアナウンスもない、といった観光地ノイズとは無縁の地。
芦ノ湖の10倍というひろーい湖面にボートが3隻(芦ノ湖なら100隻以上は確実)。
まだまだ「秘境」ですね。
というか、このままずっと「秘境」であってほしい、と願うばかり。
(芦ノ湖は魚の数より釣り人のほうが多いなんてよく言われるけれど、ここはその反対)
(毎年のようにNZへ釣りに行っていた人が、屈斜路湖に出会って海外へ行かなくなったという話もあり)

下の写真は、競馬馬生産地として競馬ファンにはおなじみの日高・静内にある桜並木(撮影は5月15日)。
正確には「二十間道路桜並木」って言うのですが、道幅二十間(36m)、長さはなんと約7kmもある直線道路の両側にエゾヤマザクラ、サトザクラなどズラーリ。
直線7km道路なんて、べつに桜並木じゃなくても、本州ではめったにお目にかかれないというのに。
説明によると、ここは明治36年に当時宮内省所管の新冠(にいかっぷ)御料牧場を視察する皇族方の行啓道路として造成されたとのこと。
ただ、あまりにも桜並木が長いんで、ぶらぶら歩くというわけにもゆかず、ご覧のようにクルマで走り抜けるだけ。
場所柄、道端での宴会も禁止されている。
まぁ、風情という点では吉野山の表千本・裏千本には一歩譲らざるを得ませんが、東京で満開の桜を見逃した年は、1か月~1か月半遅れで桜が楽しめる場所。
そういえば、札幌市内の北海道神社境内ではブルーシートを敷いて善男善女がおおいに盛り上がっておりました。
北国の花見は、北欧同様、春が来たことを喜ぶ意味合いが関東などよりはよっぽど強いんじゃないかなー、と感じた次第。

関東は酒の口実、北国は春の祝祭。

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2011/04/01

こんな墓地なら何度でも行きたい

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北鎌倉東慶寺。
駆け込み寺・縁切り寺としても有名なこのお寺の所蔵仏、水月観音菩薩半跏像が特別公開されているということで行ってまいりました。
たしか5年ほど前、上野の東京国立博物館で仏像展のようなものが開かれ、そこでいちばんこころをひかれたのがこの水月観音でして。
ひとめぼれ、ってやつですかね。
ほかにもアタマの上に重い灯篭を乗せられて「そこに百年立っておれ」と命ぜられたような?ユーモラスな興福寺の竜灯鬼にも感激した覚えがありますが、女性性をはばかることなく表現した水月観音の美しさがひときわ光っていたような。

今回、東慶寺境内の宝物殿「松ヶ丘宝蔵」に展示されていた水月観音は初対面したときの印象とは若干異なり、「こんなに塗料が落剥していたっけ」という現実的な第一印象。
あばたもえくぼ、の段階を通り越すと、あばたはあばた、として落ち着いて客観的に見られるようになる、ということでしょうか。
ただ、足をくずして静かに池に映った月を眺めて想いをめぐらせている姿は、威圧感や力みがまったくなく、仏像というよりミケランジェロの彫像を見ているように完成度が高く、やはりとんでもなく一級品であることは確か。
本来は「水月堂」という建物のなかに安置されているので、暗くてよく見えず、側面などの仔細も確認できないとのことでしたが、この特別公開ではあらゆる角度から間近かに鑑賞できて、得られるもの大。
(観音像を写真でご紹介できないのが残念)

しかし、はじめて訪れた東慶寺は水月観音だけではなかった。
裏手にひろがる小さな墓苑のたたずまいは、これまた超一級品であった。
鎌倉独特のせまい谷あい(谷戸:やと)に品のいい墓が散在し、気持ちのいい風が吹いている。
説明では和辻哲郎、鈴木大拙、西田幾多郎、小林秀雄、堀田善衛、谷川徹三などの墓があるという。
当方もそのいくつかを確認しましたが、青山墓地にあるような○○陸軍大将の碑的な肩ひじはった墓はひとつもなく、自然石を積み上げたような簡素なつくりのものばかり。
哲学界の巨星たちがどうしてこのお寺に集中したのかは不明だが、このような墓苑なら自分の人生にふさわしいと思わせるものがあったのだろう。
たしかに、1時間でも2時間でも座っていたくなるようなこころ洗われる場所。
うぐいすが鳴いている。
墓地を離れ、本堂近くに下りてくると、連翹(れんぎょう)・三椏(みつまた)・木瓜(ぼけ)・辛夷(こぶし)・水仙など、赤・黄・白の花が咲き乱れ、梅は終わってしまったものの、いい季節に訪れたことを感じさせてくれる。

「どうしても夫と別れたい」という方ならずとも、訪れる価値のある聖地。
特別拝観は4月10日まで。
(写真は谷戸の切り立った崖に置かれたお地蔵様と椿の挿し花)

追記 国歌に「さざれ石」という言葉が出てきます。
恥ずかしながらいままでどんなものか知りませんでしたが、宝物殿入口にソレがありました。
なぜ「さざれ石」とうたわれたのか、了解できます。
ご参考まで。


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2011/02/14

どこにおわすか知らねどもかたじけなさに・・・

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恵比寿から湘南新宿ライナーに乗って、おおよそ1時間。
茅ヶ崎と小田原のあいだにある二宮の、とある山に登ってまいりました。
といっても高尾山のようなハイキング向きの山ではなく、スニーカーで丘に登るようなピクニック気分の場所なんですが。

吾妻山(あづまやま)公園。
その名の通り、小さな山全体が公園となっていて、駅のプラットフォームからもすぐ見えるので、迷うこともなくお手軽感もあり。
駅を出て5分も歩くと公園入口。
そこからよく整備された階段を登ってゆくこと10分。
アっという間に標高136メートルの山頂にたどりつきます。
しかし、そのお手軽感とは裏腹に、サプライズは超弩級。

息を呑む。
東は房総半島の突端、西は伊豆半島まで。
相模湾の海岸線はあざやかな青と白い波のコントラスト。
小田原市街の右頭上には白雪にかがやく富士の山体。
振り返れば丹沢山系にうっすらとした雪化粧が。
芝生の広場になっている山頂は、グルリと絶景が取り囲んでいる。
同行6人、適当なことばが見つからず、ただただ「すごい」「すごい」とうめくのみ。

山頂は一面菜の花でしたが、秋にはコスモスに代わるらしい。
桜の木もたくさんあり、花見の頃も賑わうんでしょうね。
スケッチする人がいて、おにぎりをほおばる人がいて、カメラを構える人がいて。
子供たちの賑やかな声を聞くのも久しぶり。

人と煙りは高いところにのぼりたがる。
わかりますね。
これだけのギフトがあるのですから。
しかも、吾妻山はほとんど苦労しないで、その果実が手に入る。
感謝、です。


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